【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！

　ダンスが終わると、神嶋征一郎は結城日和を、海の前の手すりに誘った。
　他に人はいない。
　そこでゆっくりと、マスクを外す。
「やっぱり、結城だったか」
　釣られてマスクを外した彼女に、征一郎は苦笑気味に言った。
「相手してくれたこと、感謝する」
「そんな……私のほうこそ……」
　日和はぽっぽと頬が熱くなるのを覚えていた。
「女性に、踊りに誘われたのは初めてだ」
「うそっ！？」
「嘘ついてどうする。だから感謝している、本当に」
　それだけ告げると、しばらく無言で征一郎は夜の海に目をやった。日和もその視線の先を追う。
　黒くて静かな海である。
　ややあって、
「また相見える時があればその時は一夜と言わず―……冗談だ」
　と征一郎は言ってみたものの、日和のほうはきょとんとしている。はは、とまた苦笑して頭をかいて、
「また踊りたいな、結城と」
　そう締めくくって、もう一度ひざまずいて、日和の手の甲に口づけたのである。
「じゃ」
　そのまま彼は、彼女の反応を見ないで立ち去った。
「神嶋くん……」
　海風に吹かれて、日和はひとり、立ち尽くしている。
　どうしよう――。
　どうしよう――――。
　これ以上彼のことを好きになってしまったら、一体どうなってしまうんだろう……？

　まだ湯気が、肩からオーラのごとく立ちのぼっているような気がする。
　今日、『月曜日の野良猫』がなしとげたステージは、普段のとはまるでちがって静的な演奏だった。時間も短い。けれどもそのリーダー、樋口弥生の発散した熱量は、常のライブとまるで変わらない。
　完全燃焼、そう呼ぶにふさわしい濃密な時間だった。静かなステージだけに余計、ノリや勢いだけではこなせない。決してミスせぬよう、そしてパフォーマンスの流れを崩さぬよう、強烈なまでの集中力が必要だった。
　それだけに弥生は心地よい疲労感に包まれており、出演者控え室から出ると、どさっと身を投げ出すようにして、近場のソファに身を沈めたのだった。ギターケースは足元に置く。
　このとき、
「弥生先生……すばらしいステージでした」
　と、声をかけてくる少女があった。御巫時子だ。
　時子は今宵、魔女の装いをしている。普段とはかけはなれた時子の姿に、弥生はしばらく、それが誰が気付くのに時間を要したくらいだ。
　ライブが終わったばかりでまだどこか、ステージ上で見せていた気迫というか殺気というか、どこか近寄りがたいものの残滓が、弥生の中には残っていた。けれども時子の姿を認めて、その眼光は和らぐ。
「ありがとう……見ててくれたの」
「はい。アコースティックな演奏に心を奪われました。フェスのときとは違う先生を見ることができた気がします。前のほうに陣取って鑑賞させてもらったのですが……気がつきませんでした？」
「ごめんね。私って、結構演奏に入り込んじゃうほうだから……」
「いえ、むしろそれでいいと思います。憧れてしまいます」
　と言って時子は申し出た。
「疲れたときには、甘いものはいかがでしょう？　今日は花束は持ってないですがパレードで頂いたお菓子でしたら沢山ありますよ」
　と、見ているだけで癒やされそうな笑みを浮かべ、こう続けたのだ。
「トリックオアトリート」
　ふっと口元を緩めて弥生は返した。
「でもそれだと……私がお菓子を取られることにならない？」
「あら」
　弥生と時子は、まるで仲の良い姉妹のようにくすくすと笑い合った。