さて、そんな、佐々良縁の事情などつゆ知らず、薄野五月はもこもこもこ、アルパカの着ぐるみで待ち合わせ場所を目指すのである。
　大きな噴水の前、その場所にはもう御薗井 Ｅ セレッソが先に来ていて、
「五月チャンはどんな格好で来るのカシラ……」
　と、右手首の腕時計をちらちらみたりして待ちわびている様子だ。
「やあ、セレッソさんもう来てますねー。さすがですねー」
　セレッソの鮮やかな赤毛に気付くと、五月は物陰に隠れてカポッと着ぐるみの首をかぶった。
　やがて、
「やあ、ハロウィン楽しいですねー。ふっふ」
　顔を上げたセレッソは飛び上がりそうになった。
　ここはいつからアンデスになったというのか。コンドルは飛んでいったりするのか？　空気は薄いのか？　……いやそういう話ではなかったはずだ。聞き慣れた声を耳にしたかと思い顔を上げるや、いきなりセレッソの前には一匹の、白くもこもこした長身のアルパカが一頭、すっくと立っていたのである。

「フェー」
　アルパカは鳴いた。やっぱり聞き覚えのある声で鳴いた。
　だがもうセレッソにはわかってしまっている。彼女は言うのだ。
「五月チャン！　アルパカさんの仮装なんだネ！　とってももこもこしてるのネ！　素敵だワ！」
　と言うなりセレッソは、アルパカのふかふかの胴に抱きついたのだ。ぎゅー。
「セレッソさん、気付いてくれてありがとう。私は魔法でこんな姿に変えられてしまいました。とてももこもこです。もこもこです」
「それは素敵な魔法ネ！」
「とはいえちょっと視界が狭いのが玉に瑕……それはそうと、セレッソさんの仮装、可愛いですねー」
　セレッソの衣装は海賊なのだ。ドクロマークの入った船長の帽子を斜めに被り、丈の長いコートを羽織っている。七つの海に今すぐ、出港したくなるようなコーディネイトといえよう。
「いやあまったく素敵です。このアルパカ、セレッソさんの海賊船にさらわれてしまいたい気持ちなのです。フェー」
　なおこの『フェー』というのは、アルパカの鳴き声らしい。
「ふふっっ、さらうのは無理かもだけど、仲良く一緒に歩きたいノ」
「それでは船長、参るとしましょうか」
　もこもこ、アルパカは歩き始めた。五月は動物園でアルパカをしっかり観察して学習してきたので、その歩みはなかなかリアリティがあった。本当にアルパカが現れたかのようだ。
「あ、えっとね歩く時ぶつかったら大変だからワタシお手伝いするノ」
　セレッソはアルパカの背に手を置く。もこもこ。
　アルパカ五月は歩く。もこもこ。
　もこもこのもこもこなのだ。
　もこもこのアルパカを連れて歩くのは海賊、さしずめアルパカ海賊団と言ったところだろうか。
「ちなみにイタリアではトリックオアトリートのこと、dolcetto o scherzettoって言うのヨ」
「おおそれは勉強になりますねえ」
　このアルパカは特に子どもに大人気で、あちこちで「触らせて」と囲まれたのであった。

　さてさてアルパカと海賊という組み合わせ、通称アルパカ海賊団が、船をつけた……いや、たどりついたのは『Raton』である。
　ところがここで不測の事態が発生！　アルパカこと五月はうなった。
「むむ……大盛況ですねえ。人のごった返す店内に、このアルパカが入るのは至難のワザのようです」
「本当！？　困ったノ……」
　キュウ、と高い木の枝から下りられなくなった猫のように、海賊衣装の御薗井セレッソは声を出したが心配は無用だ。
「おや、セレッソさん、いらっしゃい」
　店長の荒井景貴がじきじきに、店の前まで出てきてくれたのだ。
「どうやらお困りのようですね。お姿が見えたので……」
「テンチョーサン！」
　セレッソは胸が詰まった。店内はまさしく修羅場といった忙しさで、多数の店員がバタバタと働いている。もちろん景貴の負担もすさまじいものがあるだろう。もう昼は過ぎたが、おそらく昼食抜きで働き続けているに違いない。それがわざわざ出てきてくれたのだ。頭が下がる思いである。
　なので店長のためにも、元気に合言葉を言おうではないか！
「ハッピー・ハロウィン！　アルパカ海賊団参上です！　お菓子くれないと」
　と五月が言い、これをセレッソが継いだ。
「この子を海賊団の一員にしちゃうのヨ！！」
　この子、というのはもちろん、『Raton』のマスコットキャラのことである。ちょこんと座ったアライグマのぬいぐるみだ。
「こちらのアライグマさん、お名前何と言うのでしょう？」
　という五月の問いに景貴は「ラヴルくんです」と答えた。
「なるほど、今日のラヴルくんは、お菓子飾り付きのとんがり帽子をかぶっていて、いつもに増して可愛いですねー」
「『てんちょーさん助けて欲しいんだもんよ～』……ほら、ラヴルクンもこう言ってるワ！　それでもダメならテンチョーサンをこちょこちょー！　ってしちゃうノ！！」
　セレッソが絶妙な声真似をしながら主張するので、思わず景貴も笑いながら、
「それはいけませんね、ではこちらをどうぞ」
　と、財宝ならぬかぼちゃプリンを二人に進呈した。
「フェー。ありがとうございます！　ところで店長さん、この面白そうな人形はなんですか？」
「ああこれは、春彦さん……ああ春彦さんというのはバイト店員なんですけれども、その彼が作ってくれた人形で、かぼちゃキョンシーというものです。中にはお菓子を詰めているんですよ」
　こちらもどうぞ、とパンプキンホラーな人形を手渡した。