畑中 華菜子はチャイナ服……まあここまでは華菜子らしいと言える話かもしれないが、といってもただのチャイナではないということは、忘れずに記しておきたいものである。
　すなわち道士風の長衣であった。胸になにやら中華風の紋が入っているのもそれっぽい。しかしその基本色調は黒で、頭には辮髪飾りのついたやはり黒の帽子を被っているあたりは道士のそれとは違うようだ。加えてメイクで、顔色も薄青白く変えていた。
　これで両足を揃え、おまけに両腕を前に突き出してやはりぴったりと揃えているのだ。
　もうおわかりであろう、キョンシーである。
　中国っぽい妖怪ということでキョンシー、どこへ出しても恥ずかしくないくらい見事なキョンシー。この仮装は華菜子にとってなかなかの自信作であった。
「島あげてのハロウィンイベント！　せっかくだから思いっきり楽しむアルヨー」
　そう宣言して華菜子キョンシーは、両脚そろえてピョンピョンピョン、飛び跳ね移動しながら今日一日、ホップステップと楽しんできた。もちろん額にお札を貼られたら、ちゃんと静止するなりきりぶりだ。
　さて今そんな彼女は律儀なまでに、普通に歩くことなく飛び跳ねだけで、この星ヶ丘にやってきたのである。
　ここにはまた、いちだんと沢山の人が集まっている。もちろん、かなりの者が仮装を楽しんでいた。
「これだけ沢山の人が仮装してると別の世界に来たみたいアルナー」
　いつも生活している寝子島ではないかのようだ。
　頃は夕刻、そろそろ始まるだろう。さあ受付を探そうじゃないか。
「さて、どこにあるアルかー？」
　華菜子はキョロキョロ左右を見回す。本当、いよいよ本日のメインイベントのひとつが、始まろうとしている。
　そんな彼女の横を、
「仮装コンテスト！　ちょう楽しそうじゃねーデスカー！」
　と元気すぎるくらい元気に、完璧なまでにジャック・オ・ランタンに仮装した姿が追い抜いていった。
「ワーイ！　ワーイ！　キュルビスも参加させやがれデスー！」
　言う間でもないことだがキュルビス・ラムズイヤーだ。キュルビスの本領はここではっきされることだろう。
　行く手に会場が見えてきた……！

　その名はステッラ・デッラ・コリーナ、星ヶ丘にそびえ立つ高級ホテルだ。企業のCEOや海外スターが定宿にすることで知られ、やろうと思えばサミットで来日した各国首脳だって、どうぞこちらへとお泊めできそうなたたずまい。それがステッラ・デッラ・コリーナ、栄光のステッラ・デッラ・コリーナなのだ。
　現在、そんなステッラ・デッラ・コリーナにて現在開催されているイベントは、この島の住民にとってはサミット級に重要なものだと言っても過言ではない。
　仮装コンテスト、シンプルかつストレート、樽から直接注いだワインのように豊穣なその響きよ。
　ハロウィンに導かれ集いし老若男女、種類もできばえもさまざまな仮装に身を包む彼らから、その年のナンバーワンを選出してしまうという大胆にして不敵な催しだ。なお最優秀賞、またの名を最優秀ハッピーハロウィン賞に選ばれても、名誉以外の副賞は特にないというのも伝統なのである。ただ嬉しいだけ、誇らしいだけ、けれどもときとして人は、そんな名誉のために魂を燃やし、情熱をかけるものなのだ。
　ステッラ・デッラ・コリーナの周囲に、仮装の集団が集結していた。出場するのは仮装者、観客も仮装者、これぞハロウィンの醍醐味だ。大会はもうじき始まる。
　一大イベントであるからして、会場運営スタッフの数は膨大だ。しかし彼らスタッフもただ黙々と働くのではない。ほとんどの者が寝子島ハロウィン物語の登場人物として、思い思いの仮装に身を包み楽しそうに働いている。
　恵御納 夏朝もその一人だ。
　現在夏朝はしっかり魔法少女のコスプレを着用し、特設会場で誘導や整理のアルバイトに従事している。もちろん猫パペットのハルくんも一緒、「にゃー！」っとお仕事を頑張るのだ。運営スタッフを示す腕章が、左の二の腕に輝いていた。
「はい、トイレはこちらです。案内板もすぐそのそばにありますよー」
　てきぱきと誘導をこなす。特設会場のマップや構造はすでに、夏朝の頭にコンパクト地図みたいに収まっていた。いまの彼女はお釈迦様で、いわば会場全体、その手のひらの上にあるかのようだ。トイレ、救護所はもちろん、近道や休憩ポイント、緊急避難路、なにを聞かれても完璧に対応できる。
　しかしいくら準備万端でも、こちらの予想を軽く超える勢いで、どんどん人が押し寄せてくるのは事実だ。
「コンテストの参加者さんですか？　それならまず、あそこ登録をすませて番号札をもらってください」
　泰然自若とした様子で案内を行っている夏朝であるが、実は人混みは少々苦手なのだ。どちらかというと、怖い。けれどもネコフェスやネコミケで鍛えられたおかげか、そんな内心は表に出ない。
　本当のところ夏朝は、仮装してパレードに加わりたかった。けれども先のことを考えると、お金は稼げるときに稼いでおきたい――そう思い直してスタッフ募集に応募したのだ。といっても仮装で働けるのだから、不満は少ないけれど。
「どう？　疲れてない？」
　音海 なぎさが声をかけてきた。
「音海先輩。ええ、大丈夫です」
　夏朝の前に現れた彼は、黒の映えるタキシード姿であった。なぎさも運営スタッフで、夏朝とは持ち場が近いこともあって親しく言葉を交わすようになったのだ。なぎさの現在の仮装はまだ完成ではなく、その後の舞踏会で『正装』へとバージョンアップさせる予定だという。
「そろそろ舞台がはじまるみたいだね」
　なぎさの目はステージに向いていた。話しながらもちらちらと見ている。
「誰か知り合いでも出場されるんですか？」
「あ……いや、そうと決まったわけじゃないんだけど……そんな気がして」
　どうも奥歯にものが挟まったような言い方しかできない。確証はないのだ。
　けれど、彼女が出てくる可能性はある、そう思っている。

　なぎさの予感は的中していた。
　そのころ、なぎさが気にかけている『彼女』つまり橘 明里は出場者の列に並んでいたのだ。
　といっても明里は、最初から出場する気満々だったわけではない。すべては天の配剤というべきか。神出鬼没の謎のゆるキャラ、寝子 サンマにスカウトされたためだった。
　三十分ほど前だったろうか。
　そのとき明里はパレードの参加者として、愉快かつケイオスな空間を、あれこれ見物しながら歩いていたのである。特に目当てがあるわけではなくても、仮装して歩くというのは楽しいものだ。鼻歌まじりでテイク・ア・ウォーク、その途上で、
「ヘーイ！　そこの彼女！」
　ほんわり鼻歌を引き裂くような、稲妻のような鋭い声が飛び込んでくる。声は、あきらかに明里に向けられていた。
「あの姿は……？」
　明里が最初に目にした色は、青だった。
　青い青い、テカテカと金属のような光沢帯びて、青光りする戦慄のブルー。それは魚の背の色だ、サンマボディの放つ輝きだ！　直立するサンマの着ぐるみ（？）、群衆のなかでも飛び出して目立つ、驚異の身長2メートル！
　ハロウィンであろうとなかろうと、サンマさんはポジティブにして遠慮がない。ハロウィンらしくマントを背になびかせながら、彼は明里にずんずんと近づいてきたのだった。サンマさんが歩むと恐れなしたか、通行人たちは右に左にさあっとよけていく。エジプトの海を歩むモーゼみたいな光景が実現した。
「お嬢ちゃん、可愛い格好しているじゃないか」
　けれど明里も大したもので、サンマさんを前にしてもいささかも動じない。
「ありがとうなのです」
「気に入った。ステッラ・デッラ・コリーナで開催される仮装コンテストに参加するといいぜ。っていうか参加するんだぜ！」
「それってもう決定なの？」
　サンマさんは直接こたえず握った拳から、ぐっと親指を立てて見せた。
　決まりだ。