【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

【ハロウィン】寝子島ハロウィン☆デイズ！

　志波拓郎と高梨彩葉は、手を握り合って帰路をゆく。
　とりとめのない、だからこそ楽しい会話を交わしながら、歩く。
　仮装のまま、オシドリのように身を寄せ合って。
　秋の日はつるべ落とし、とはよく言ったものだ。さっきまで日が出ていたと思ったのにもう夕暮れである。赤い陽に照らされる煉瓦道、二人の影は長い。
　ふと、拓郎は思った。世界は美しい、と。
　愛しい人と歩く帰り道、これこそ、美しさの象徴だ――。
　奇跡的にふたりきりだ。多くの人はまだ会場にいるか、コンテストを観に行ったのだろう。
「ところで拓郎」
　唐突に、彩葉が言った。
「うん？」
「今日、チェックポイントでお菓子もらえなかったら、どんなイタズラするつもりだった？」
「……彩葉さん、は？」
「私はね、『こしょこしょ～！』って数秒くすぐってすぐ離れるつもりだった」
「俺、は……」
　言いかけた拓郎に、彩葉が言葉をかぶせる。
「ちょっと待って。どうせならそのイタズラ、私に……やってみてくれないかな？」
「え……」
　あわわ、と書くのがいいだろう。文字通り泡を食った様子で、拓郎は二の句が継げなくなってしまったからだ。
　たしかに、やろうと思っていたイタズラはある。けれど、それを彩葉にやるというのは……考えてもいなかった。
　ぱっと見、拓郎は大型犬のようである。ゆったりしていて、頼りがいがあって。
　実際に頼りがいがあるのは彩葉も大いに認めるところだ。しかし、拓郎自身は自分を、どちらかというと柴犬のようだと思っている。ご主人様……この場合は彩葉だが……の行動に一喜一憂する忠犬、そんな風に自分をみなしているところがあった。むしろ喜んで、そう認めてもいた。
　柴犬的な拓郎は、犬みたいに舌を出し、ぜえぜえしたい気分である。なんだか暑い。緊張しているからだろう。でも、やれというならやるしかあるまい。ドキドキするけど……恥ずかしいけど……。
　拓郎は足を止めた。
　自然、彩葉も釣られて止まる。
　夕日が、二人分の長い影を煉瓦道にさしかけていた。
　影絵の拓郎は横顔、口をつぐんでいて、それに向き合う彩葉の横顔も、やはり口を閉じている。
　ひとときだけ、ふたつの影が重なった。
　心を決め、ズイッと無言で拓郎が、彩葉との距離を詰めたのだ。
　ほっぺむにむにつんつん。
　……これが、拓郎が行ったことのすべてだ。
　要するに、彼女の頬を両手でむにむにして、鼻の頭をつんつんと、指で押したということ。
「イタズラ……」
　ぽそりと呟くと、無性に気恥ずかしくなって拓郎は下を向いてしまう。やはり影絵の拓郎も、うなだれたように下を向いている。
「可愛いイタズラだね」　
　影絵の彩葉が口を開けた。笑ったのだ。
　このときもう一度、彩葉と拓郎の影が重なった。
　今度は彩葉から、拓郎の胸に飛び込んだ形……彼の両頬をつかんだ彼女が、彼の唇にキスをしたのだった。
「イタズラ返しだよ♪」
　頬を染めて笑って、彩葉は拓郎を見上げる。
　拓郎はといえば、ただただ真っ赤になって、黙りこくるばかりである。
　とはいえ彼に柴犬の尻尾があったなら、今頃は勢いよく、振られているに違いないのだ。