名もなき居酒屋親睦所｜リアクション

名もなき居酒屋親睦所

●●●素晴らしきかな日本●●●
　直也と多岐川玲栖は白熱している二人を見守っていた。
　直也は日本酒を片手に気泡が目立つたこわさをつまみ、玲栖はレモンチューハイの入ったジョッキを傾ける。
　視線の先に居るのは愚痴を言う権三郎と日本のすばらしさを説くフィーリクス・C・柚瀬だ。

「確かにこの国はいろいろつらいこと多いよなぁ。その気持ちわかっぜ」
「あんだ？　おめぇさん、日本人じゃねぇのか？」
「おうよ、フィンランド生まれのフィンランド育ち、フィーリクスさんたぁ、俺のことよ」

　自慢げに胸を張るフィーリクス。
　道理で日本人らしくねぇ、とタンクトップのおっさん…権三郎がつぶやきながらビールを飲む。

　大声でしゃべる権三郎にフィーリクスが話しかけたのが始まりだった。
　直也と権三郎の近くに座っていた玲栖にもフィーリクスが話しかけ、今の図ができあがった。

「あら、私も10歳まではアメリカに居たわね。あの年の女の子は純真で可愛かったわよ」
「へぇ、そうなんですね。確かに寛容な雰囲気ですもんね」
「あらそう？　うれしいこと言ってくれるじゃない」

　やだもう、と遠慮がちに言うものの、まんざらでもなさそうな雰囲気の玲栖。
　勢いでレモンチューハイのお代わりまで頼んでいる。
　その勢いに乗って若鶏の唐揚げを頼む直也の視線の先にはテーブルに残りわずかとなったおつまみだった。

「日本にはよ、つらいこと以上にすごい事たくさんあってな、俺様すげぇ気に入ったんだわこれが」
「あぁ、海外には行ったことはないがそれはわかるな」
「だろ？　やれ天気の変わり方がすげぇだの、ちょっとしたらすぐ景色かわるだの、感動の連続だったぜ」

　鼻息荒くフィーリクスは日本の良さを語る。
　ネコシマ観光に来たとき、その感動をそのままに定住をしたフィーリクスらしい一面だ。
　もっとも、感動の先の一つに今の妻が居るんだが、と照れた様子にもなっていた。

「海外には海外の良さがありますが、故郷の影響でしょうかね。僕は日本が好きですよ」
「ふふふ。そうねぇ、アタシは可愛い女の子が居ることが重要かしら」
「そうなんです？　ああ、それでしゃべり方も女性らしい感じに？」
「えぇ、おばあさまのと同じしゃべり方なのよ。いつもいっしょにいたから、うつっちゃったのよ」

　嬉しそうに語る玲栖からは郷愁の匂いが感じられる。
　会話の邪魔を極力しない直也はうんうん、と聞きながら合いの手を入れる。
　本土に住む父方の祖父母の家に居候をしていた事や現在はアルバイトで寝子島図書館の司書をしている事。
　思い返せば長く寝子島にいるのだな、と思う玲栖。

「そういや最近は雪降ったりもするようだな。びっくりしたぜ」
「あぁ？　雪ぃ？」
「そう、雪。なんだ権三郎は知らねぇのか？　雪ってのはな、空から降ってくる小さな雪の結晶でな…」
「んなこた知ってるよ！」

　ジョークとも本気とも取れぬフィーリクスの説明につっこみを入れる権三郎。
　権三郎がつっこみに回ることはほとんどなかっただけに、横目で見ていた直也は驚いていた。

「あらぁ、よそ見なんて、ちょっとつれないわねぇ？」
「あ、いえいえ。そういうつもりでは…」
「なんて。冗談よ。でもアタシが彼女だったら妬いちゃうわよ？」
「あはは…これは手厳しい。精進します」
「そうなさい。…あぁ、そうね、直也くん彼女はいないの？」

　程良く酔いが回ってきたのか、いつもより少し陽気になる玲栖。
　恋愛事情に踏み込まれて笑ってごまかす直也は明確な回答はせず、トイレに行きます、と席を立ってしまった。
　その様子を若いわね、となんとなく心が温まりながら見送る玲栖。

「そうだ、まちぐるみで無駄に熱いイベントしてたりするよな！」
「お、そうそう！　商店街行ってもよ、学生とかが頑張ってんだよなぁ」
「これからもクリスマスに正月なんかがあるんだ。まだまだイベントは待ってんぜ？」

　いつもは年末には本土に帰る権三郎だが、今年は年末も居る予定なのだとか。
　楽しい話を持ちかけるフィーリクスは満足げに頷く。
　酒飲むなら楽しくやろうぜ、と。

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