【中間テスト】そんなこんなの最終日｜リアクション

【中間テスト】そんなこんなの最終日

　中間テストが終わった解放感からなのか。綾辻綾花は軽やかに廊下を歩いていた。着いた先は北校舎の三階にある図書室であった。
　慣れた様子で中に入ると自然に目が動いた。司書教諭の早川珪はいつもの席に座っていた。愛用している万年筆で書き物に勤しんでいる。
「珪先生、お疲れ様です」
　珪は顔を上げた。黒系の背広に赤いネクタイを締めた姿で微笑む。
「こんにちは、綾辻さん。僕としては助かるけれど、中間テストが終わったばかりで疲れてはいないのかい？」
「平気です。私、図書委員の仕事が、好きですから」
　それとなく最後の言葉に力を込めた。恥じらいを隠すようにして綾花はカウンターの作業に入る。
　閑散としていた図書室は訪れた生徒で賑わった。貸し出した本の返却が相次いだ。瞬く間に参考書の類いがカウンターに積まれていく。
　人の流れが途絶えた。綾花はたくさんの本を胸に抱えて書架を巡る。
「この本はあちらの棚ですね」
　忙しく動き回る綾花の様子に珪は、頼もしいね、と目を細めて言った。
「これが最後です」
　上段に本を収めた綾花は急いでカウンターに戻ってきた。利用者がいない時間の合間にテストの答え合わせを始めた。問題用紙を改めて読み直し、教材で解答を導き出す。
「合っていますね」
　弾むような声で笑みを浮かべる。次の問題では、間違えたかも、と天井を見上げた。ころころと変わる表情に珪は堪え切れずに笑い声を漏らした。
　見られた綾花は恥ずかしそうに俯いた。
「……珪先生、笑わないでください」
「笑ったことは謝るよ、悪かった。綾辻さんの表情があまりに豊かなので驚いて、ついね」
「自分ではわかりませんが。あの、珪先生が学生の時にしていた勉強法はありますか」
　予期していない質問だったのか。珪は少し間を空けた。足を組んで気ままに揺らす。
「特別なことをした記憶はない、では質問に答えたことにならないか。そうだな、勉強は日々の積み重ねが大事だからね。癖になるくらい勉強することが勉強法なのかな」
「真面目な答えなので少し驚きました」
　綾花は口元を緩めて言った。
「僕は地道な作業が得意だからね。書類作りも苦にならないよ。どうしてなのか、そのようなイメージで見られないことが多くて」
　珪は赤いネクタイを締め直して残りの書類に取り掛かる。綾花は笑みを絶やさずに、その姿を見つめていた。
　中間テストの最終日。図書室を利用する者は多くない。珪の判断で早めに切り上げることになった。
　綾花は最後の清掃を終えて室内を見回した。
「綺麗になりました。ハロウィンを迎えるには少し寂しい感じがします」
「そうだね。華やかさに欠けるかな」
　隣に立っていた珪が思案顔で答えた。綾花はちらりと横を見る。
「ハロウィンのコーナーを作って関連した書籍で盛り上げたいです。あとはカボチャの置物で華やかさの演出をするのはどうでしょうか」
「悪くないね。ハロウィンの書籍は寄贈という形で広く募るとしよう。置物は構わないが、火器は厳禁だよ」
「はい、わかりました」
「今日はここまでにして帰るか」
　珪は両手を腰に当てて身を反らす。相当に疲れが溜まっているように見える。
「あ、あの、珪先生に受け取って欲しい物があります」
　カウンターの中に入ってしゃがんだ。後ろ手に組んだ姿で綾花が戻ってきた。
「珪先生は中間テストの問題を作られ、期間中は監督もして、司書教諭としてのお仕事にも従事され、その、とても忙しく過ごされて、だから……」
　真摯に耳を傾ける珪の姿に言葉は気恥ずかしさに縮こまる。綾花は後ろ手に持っていた小さな包みを勢いよく差し出した。
「手作りのクッキーを焼いてきました。その、テストの採点に疲れた時にでも食べて下さい」
　少し震える小さな包みを大きな手が覆う。
「わざわざ、ありがとう。美味しくいただくとするよ」
　珪の微笑みに綾花の頬が紅色に染まっていった。