【中間テスト】そんなこんなの最終日｜リアクション

【中間テスト】そんなこんなの最終日

箱庭にて。

　譲が屋上に足を踏み入れる。周囲に目を向けるが人の姿はなかった。やや遅れて八兵衛が現れて、貸し切りだねぇ、とのんびりした声を出した。
　二人は示し合わせたかのように柵へと歩いていった。眺めを堪能することなく背中を向けて座る。柵は良い背もたれになった。

　箱庭のような屋上で二人は同じ時の中にいた。
　譲は横目で八兵衛を見た。脱力した姿で座っていて小さな欠伸を噛み殺し、とろんとした目を擦る。そこには何の気負いも見られない。
　険のある目が和らいで譲が話を切り出した。
「七草、最近はどうだ？」
「どうって言われてもねぇ。大きな変化はないかなぁ。あるとすればテストが今日で終わりってことかな。また普通の授業が始まるって思うと少し憂鬱な気分になるよねぇ」
「その気持ち、わからないでもない」
　その声に八兵衛が譲の方に顔を向けた。
「意外だねぇ。もしかしてテストの出来が悪かった？」
「テストは万全だ。世界史は自己採点で九十点は固い。七草はどうだった？」
　譲は眼鏡の中央を中指で押し上げる。八兵衛は力のない笑みで返した。
「まぁ、いつも通りかな。普通に授業を受ければ、普通に点数は取れるよね」
　そうか、と一言で口を閉じた。譲は顔を上げて空を眺める。混じり気のない純粋な青が目に鮮やかであった。
「……七草、お前は恋をしたことがあるか」
「え、突然に恋なんて言われても――」
　話の途中で八兵衛は口を噤んだ。空を見上げる譲の表情は真剣で、うやむやに出来る状況ではなかった。
　八兵衛もまた、空を見上げた。二人は揃って同じ青空を眺める。
「……俺は恋をしたことがない」
　八兵衛の口を衝いて出た。譲は沈黙で言葉を受け止め、空に向けた目を僅かに細めた。
「俺は今、一学年上の先輩に淡い恋心を抱いている……片想いだ」
　遅れて出た言葉に苦しさが垣間見える。八兵衛は飾り気のない言葉を返した。
「そんなに苦しい思いをするなら、ぶちまければいいんだよ」
「その先輩は俺の友人と良い雰囲気なんだ。恐らく二人は両想い……」
　青空に謝るかのように譲は頭を下げた。飛び立てない視線が足元の一点に留まった。八兵衛は表情を変えないで密かに拳を作る。
「人の心が読めるわけじゃないんだしさ。言わないとわからないことってあると思うよ」
　返ってきた言葉の強さに譲は八兵衛を一瞥して、そうかな、と声を落として言った。
「そうだよ。もしかしたら三人がそれぞれ思い違いをしていて、勝手に話をややこしくしている可能性だってあるかもしれないじゃない」
「……そういう考え方もあるか。俺は正直、どうしていいかわからなかった。一時は先輩を諦めて身を引くことも考えた」
　その想いの吐露に八兵衛は上体を傾けた。譲に強い視線を向ける。
「自分の気持ちを声に出さないで、わかって貰おうと思うなんて、俺は傲慢なことだと思うよ」
　言い終えた八兵衛は姿勢を戻し、視線を下げた。
「傲慢は自分ではよくわからないが、優柔不断にはなっていたようだ。七草の言葉で目が覚めた、ありがとう」
「そういうのは優柔不断とは言わなくて、その、あれだよ」
　八兵衛は身体を揺り動かしながら言葉を足した。
「思いやりや優しさだと思うよ」
「そうか、そうだな。この優しさを胸に気持ちを相手に伝えるのも悪くないな」
　ほぼ同時に二人は青空に目を向ける。天候を不安にさせる黒雲はなく、懐の深い青さが広がっていた。
　譲は空に向かって呟いた。
「自分らしさを失わない、お前が羨ましい」
「弓弦原君の優しさを少しは見習わないといけないねぇ」
　八兵衛の目は優しく、口の端には微かな笑みが浮かんでいた。

　二人の距離は縮まった。目には見えない深いところで――。