【中間テスト】そんなこんなの最終日｜リアクション

【中間テスト】そんなこんなの最終日

　大きな身体を丸めてマウル・赤城・スティックが問題に当たる。漢字に苦労しながらも手は止まることなく、解答欄に答えを書き込んでいった。
「調子いいな」
　次の選択問題には難しい漢字が多く含まれていた。マウルは読める単語に焦点を当てて考えを巡らしていく。
「……心臓、リズム、右、左。どっちだ？」
　マウルのシャープペンシルの尖端が右と左の狭間で揺れ動く。埋もれた記憶を掘り起こすかのように一方の右心房に丸を付けた。
　地道な作業は続く。設問の日本語を読み解き、苦心の末に答えを導き出した。問題を乗り越える度に熱い溜息を吐いた。
　その時、窓の向こうの明るさに目がいった。青い空の一部が覗いていた。その先には広大な大海原を想像させる。マウルは一目で魅了された。
　――あの空のような大きい海が、冒険家の俺を待っているんだ。
　教卓には担任の浅井幸太がいた。小柄ではあるが大らかな態度で生徒達を見守っている。
　マウルは進路相談の時に担任から聞いた、コンチキ号の話を思い出す。
「ハイエルダールって人だったよな」
　熱く語る担任の言葉をなぞるように口にした。
「学説を証明する為に筏を作って、それで海を渡ったんだ」
　想像の中で人類学者はマウルの姿になっていた。帆に一杯の風を受けて海上を走る。いつの間にか、見たこともない魚が筏の周囲を取り囲んでいた。巨大な魚影がうねりながら追い抜き、海上に跳び上がる。
　マウルは白い歯を見せて笑った。
　太陽が頂点に差し掛かる。マウルは簡素な竿を手にした。海面に糸を垂らすと獲物が掛かる。強い引きを力で捻じ伏せて次々と魚を釣り上げた。
「今日も大漁だ！」
　日焼けした逞しい腕を振り上げて大いに喜んだ。
　夜は満天の星を眺めて過ごした。星座を口にして未知の世界に想いを馳せる。
「その為には勉強だな」
　現実に戻ってきたマウルは表情に決意を滲ませる。
　日本にいるんだから国語は必要だ。オーストラリアに住んでいたから英語の成績は悪くない。数学も学んだ方がいいだろう。航路計算の時に役立つはずだ。
　そうだ、一つ忘れていた。ジャングルで遭難した時には理科の知識も必要になるかもしれないな。
「今は生物に集中だ」
　マウルは額に手を当てて問題を睨む。特殊な用語や漢字に苦戦を強いられながらも前進を続けた。
「勉強したからな」
　マウルは目に力を込めた。最後まで解く気概を見せて問題に当たる。シャープペンシルは停滞と活動の狭間を行き交い、残った一つの空欄を迷いながらも埋めた。
「やっと、終わった」
　心の中に充足感がじんわりと広がっていく。
　生物も冒険家には必要な勉強だから、俺はここまで頑張れたんだ。あー、でも古文とか異国の文化は日本にきて間がないんでムリなんだよねぇ。
　きっと浅井先生なら、わかってくれるはずだ。
　マウルは熱い視線を担任に送る。目が合うと相手は笑みを作り、ひっそりと親指を立てた。
「……あの笑顔は俺の想像とは違うかも」
　頭を下げたマウルは苦い笑みを浮かべた。