声のない世界で｜リアクション

声のない世界で

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声が出ない。
結城日和がそのことに気付いたのは、皆に「またね」を言おうとした時だった。
風邪で声が出ないとかそういうのとは、明らかに別物。
声という音が、すっぱり抜け落ちてしまったような。
だけど、皆はいつものように声が出ているみたいで。
どうやら、いつも通り寝子島の不思議が起こったのだろう。
すぐに治るんだろうけど。
「またね」の代わりに大きく手を振って、皆と別れた。
うん、やっぱり。
身振り手振りがあれば、声が出なくても意外といける。
そういえば、外国の人と話すときはいつもそんな感じだ。
本当なら、その人と同じ言語が話せるといんだろうけど。

寮に帰ってから、ヴァイオリンを弾いてみた。
いつもと同じ音色が響く。
――あぁ、そうか。
声は出なくても、音は出せるんだな。
ヴァイオリンの音は、いつもと変わらない。
だったら、何も戸惑うことはない。
『カンタービレ』。
歌うように、ヴァイオリンを弾き続ける。
そう、音は声と同じだ。
音があれば、歌だって歌える。
だから声が出なくても寂しくない、悲しくない。
この島では、一人じゃない。
音楽がある限り、この世界で一人ではない。
音を奏でられるなら、それだけで幸せだ。
音は、歌は――ここにあるのだから。

そうやって歌を奏でながら、ふと思った。
――彼は言葉よりも音を好みそうだなぁ、なんて。
いつかまた、彼の音に自分の音を重ねるのが楽しみだ。

……あぁ、でも。

声が聴ければ嬉しいし、お話ができればもっと嬉しい。
なんでだろうか、そんな風に思う。
さっきから胸に訪れる、この暖かさと苦しさはなんなのだろう。