悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女｜リアクション

悠久の時の彼方へ～オルレアンの少女

Sept.

　ここで、時計の針を開戦前に戻そう。
　オルレアン近郊にある小さな町にて。一人の少女が、道端で中年の男性と立ち話をしている。
「ご存知ですか？神の声を聞いたという噂の少女を」
「ああ、知っているよ。噂がどこまで本当かは知らないが」
「聞く所によると、神の思し召しによって、聖女ジャンヌのもとに不思議な力を持った人々が集まっているそうですよ。近々始まる戦いで、彼らは奇跡を起こすことでしょう」
「ほう……本当だとしたら面白い。話の種になるな、話半分で聞いておこう」
　男と別れた少女、黒依アリーセは、聖女ジャンヌの噂を流す試みがうまくいきつつあることに、満足げに微笑んだ。
「さっき話せたのは旅の芸人、今は行商人―――思ったより簡単に噂は広まりそう。どうしてかわからないけど、ついているわ」

　同じ頃、戦場にほど近い森の中に舞台は移る。
「んぁ……。敵軍の足音が大きくなってきたね。そろそろ動かなきゃまずいか」
　森の中に潜伏し、仮眠を取っていた日暮ねむるは目を覚ました。一緒にいた灯斗南も、音を立てないよう準備を始める。
　ちょうどイングランド軍が森の中を突っ切っている途中だ。ねむるは木々に身を隠し、断続的に毒矢を放つ。不審に思った敵兵の一部は、様子を見に森の奥に入っていく。計算通りだ。
　一人のイングランド兵が孤立したのを見計らい、二人で飛び出して取り押さえる。
「なにしやがる！」
　暴れる敵兵の頭に、ねむるは手を触れた。ろっこん〈In to the sleep〉が発動、兵士は眠ってしまった。さらに、もうひとりのイングランド兵も同様に眠らせる。
「よし、血を流さずに敵方の甲冑を手に入れたぞ」
　ねむると斗南は、奪った甲冑を着込んでイングランド兵になりすました。そして、さりげなくイングランド軍の行軍に紛れ込む。
　たどり着いた先は、イングランド軍の砦だった。他の兵士の目を盗み、二人は目配せし合う。
「んじゃ、放火は任せた。僕は退路を確保しておこう」
　ねむるは砦の内部を見渡し、イングランド軍指揮官の位置を確認する。騎馬隊があるなら予備の馬もいるはずだ。ねむるは馬の場所を探し始めた。
　一方、ねむると別れた斗南は、短剣を手に物資の倉庫に侵入していた。食料、武器、日用品が積み上げられている。
「これが焼き討ちされたら、実害以上に士気にも関わるだろうな」
　誰にも見られていないことを確認すると、斗南は炎を頭の中でイメージした。同時に、手のひらに炎が出現する。ろっこん〈イグニッションハート〉を発動させたのだ。穀物の袋に燃え移った火は、たちまち倉庫中に広がった。
「火事だ！」
　騒ぎに紛れ、ねむると打ち合わせた合流地点へ。
「馬の場所がわかったよ」
　ねむるは、すぐに斗南を馬のいる場所に誘導する。２頭の馬を確保すると、騒ぎが砦全体に広がったタイミングを見計らい、2人は大声で叫んだ。
「敵襲だ！」
「プレスター・ジョン国の大軍だ！今すぐ逃げないと皆殺しにされるぞ！」
　怯えて逃げる兵士を装い、ねむると斗南は馬に鞭打って全力で駆け出した。
「貴様達はフランスの手の者だな！」
　2人の正体に気づいた敵兵が追ってきたものの、時既に遅かった。2人は全速力で退却、砦からの離脱に成功した。
「肉体は強化されても、精神は普通の人並み、どうやらうまく混乱させられたみたいだね。さて、最後にもう一つ、神の目線からの恐怖を与えてやるか」
「どういうことだい？」
斗南が、ねむるの意図を尋ねる。ねむるは、毒矢を弓につがえながら答えた。
「さっき位置を確認した敵指揮官を狙撃する。さらに士気低下すること間違いなしさ」

　こうして、ねむると斗南は、大きな戦果を手に開戦直前の自軍の陣地に帰還したのだった。