夢の晩餐｜リアクション

夢の晩餐

（しかばねをこえるとか、いってた）
　あのお兄さんも、しぬつもりだったんだ。

　ここにいたって、ふしぎにしずかな気もちに、海美はたどりついた。
（ここにいたら、おとうさんおかあさんにもあえないし……）

　さっきのきれいなおにいさんも、わたしをみてわらってくれた。
　たぶん、わたしをげんきづけようとしてくれたんだ。

　海美は無意識に、手を合わせる。
　賢い彼女、信仰の意味は知らなくても、死に際して合掌する敬虔さは持っている。
　一心に祈るその姿は、見るものの心に悲痛さを起こした。
（そんなに食べるのがイヤなのか……）
　静かに瞳を開ける。心は決まった。
（しんじゃったら、ごめんなさい……！）
　ぱくっ！
　赤い肉片が、海美の口に飛び込んだ。

　……。
　………。

（あれっ？）
　レバ刺しをもぐもぐしながら、海美はきょとんとした。
　なんともない。苦しんでしんじゃうことはない。
　むしろ、とろっとして、しこしこして、とってもおいしい！
　晩酌にお付き合いして、おつまみを頂戴することの多い海美には、レバ刺しの大人のおいしさも、感じ取れた。
　もう一切れ。醤油をつけて、ぐっとかみ締める。
　香ばしい肉の香りと、独特のもちもちが口の中に広がった。
　不思議な食感といっしょに、バイキンで死ななかった安堵が胸に押し寄せ、海美を笑顔にした。
　しんぱいしてそんしちゃった！

「いきてて、よかったー！」

　何の気なしに発せられた海美の言葉。
　しかし、それは一同に驚愕をもたらした。
　さっきまで、死にそうな顔でお祈りしていた少女が、いまはニコニコしている。しかも、生きててよかったと言っている。
　この夢の晩餐で供されるのは、嫌いなもの。
　それを口にして「生きててよかった」とは、なかなか言える言葉ではない。

　慎之介は、目の前の納豆の山を見る。
　相変わらず気色はよくない。だが、先ほどの悪鬼じみたオーラは薄れているように感じた。
　幽霊の正体みたり、枯れ尾花。ひょっとしたら自分は、勝手に嫌いだと、思いこんでいただけではないのか？
「食べてみますか？」時尾の声に、頷く慎之介。

　小鉢に取って、醤油を注いでかき回し、一口。
「ダメだ」顔を顰める慎之介。「思い込みかもしんねーけど、このままじゃキツイ……」

「いろいろ試してみましょう」時尾は力強く言う。「克服法を一緒に考えましょう」

　一見か弱そうな彼女の、内に秘めた強さに慎之介はびっくりする。
「何か、混ぜみるか。ミックスだ」
「薬味を入れると、食べやすくなるという話は聞くけど」
　虹色の光とともに現れるのは、溶き卵。それに明太子、オクラ、キムチ。
　定番どころを納豆に注いで、小鉢の底にたたきつけるようにかき回し始める時尾。
「少しは食べやすくなったか」笑みを浮かべる慎之介。
「でも、ぬるぬるはそのままですね」もっと大胆な方策を。

　轟然たる光が巻き起こり、キッチンが登場する。
「味噌汁とか、天ぷらとか……」エプロンを装着、手早く消毒し、時尾は菜箸を構える。
「秋野菜、ピーマンとか……」呟いた慎之介が、はっとした顔をする。