幕の内の内の内｜リアクション

幕の内の内の内

　そして、幕の内の真の主役。黒幕とでも言うべき存在、ごはん。
　俵型お握りを基調にしようと、これは一致した考えだった。
「俵型の小さなお握りが、幕内力士由来説の根拠にもなっているわけだけど」千歳の説明に、皆も頷く。千歳の言う二つの由来説、どちらをとっても俵型お結びは外せなさそうだ。

　試作ケースに、隙間なくおにぎりを敷き詰める衛守。
　舞華も同じように敷き詰めていき、黒胡麻をまぶして梅干しを乗せる。
「これが、本来の幕の内のご飯であると言いますね」千歳も同意する。

　そこから広げて、おにぎりをベースにしたお弁当を拵えるのは理紗子。
　
　しっとり落ち着いた色合いの、ゆかりご飯おにぎり。具は梅おかか。
　大根葉、小松菜、春菊などの薫り高い秋の野菜を使った、菜飯おにぎり。
　ちりめん山椒、海苔をまいたわかめおにぎり。

　小ぶりで食べやすく気づかいされたおにぎりに、卵焼きとひじきのつけあわせ。
（少しシンプルという気がしないでもないんだけど……）
　あくまで彼女は、手に取った相手のことを考える。
　予算は千円以内だが、安価であるにこしたことはない。
「腹八分目」くらいなら、眠くなって芝居が見られなくなることもない。
　万一食べ残してしまっても、おにぎりなら残してお持ち帰りもできるだろうし、あとでまた食べたりと言ったこともできるだろうと思うので。

　陽が傾き始め、黄金色の西日が、白磁の上にある理紗子のおにぎりを照らし出す。
　紫、ベージュ、黒檀。品のある、落ち着いた一品。

　理紗子は今日は、気分転換のつもりで料理作りに参加していた。
　総合病院で内科医として勤める彼女。ただでさえの激務であり、疲労も大きい。休日にふと、兄や姉ならもっと手際よくこなせるに違いない、などという役体もない思考に取り込められて、鬱々と過ごすこともある。
　生真面目で優秀、けれど性格ゆえに、心に影が差すことがある。
　丹念に仕上げられたおにぎりも、細かな配慮がゆきとどき、本当ならもっと誇りに思ってもいいくらいなのだが。

　ふっと顔を上げた理紗子に、衛守が暖かい飲み物を渡す。
「試食、させてもらっても？」
　頷く理紗子。衛守はひとつつまみあげ、じっくり、じっくり味わっていく。
　あっさり目の味付け。素材の味を生かす意図とともに、味が際立ちすぎて、妙な印象ばかり残ってしまうのを防ぐ配慮があった。
　あくまで裏方に徹する人間の料理のように思えた。
　影を背負って、くだらないことでも大真面目に構え、傷を負ってしまう。
　料理は、その作ったものを雄弁に語ることがある。
　なにか衛守は、この一見華奢な女性が、ひどく自分と似ているような気がした。

「旨いな」心中で動いた感情を、彼は一言評することでまとめた。