幕の内の内の内｜リアクション

幕の内の内の内

　そこから少し離れたところで、修はスイーツ作成に取り組んでいた。
　その眼は真剣そのものである。
　今回の演劇フェスティバルで、彼は「アレンジ版人魚姫」のキャスト・スタッフを担当することになっていた。
　なんとしても成功させなければならない。

　修の選んだのは『人魚姫のスイートランチボックス』。
　なるべく予算内、幕の内弁当としての体裁も崩さない。整理整頓、エコにも気を使う。
　制約が多くなるほど、修の精神は落ち着いてゆき、冷静にアイデアを練りはじめる。

（俺たちの演目は、ハッピーエンドの人魚姫。
　だから、弁当のテーマも幸せな人魚姫だ）

　丸藤箱に米ポン菓子を敷き詰め、砂浜に見立てる。幕の内弁当で言うならご飯。
　その上に、あらかじめ焼いておいた貝殻型のマカロンを配置。揚げ物の役目。
　ミント・ジャムなどのマシュマロを、真珠に見立てる。これを煮物と見てみる。
　横長のカスタードワッフル。海岸のオブジェとも見えるし、焼き魚とも見える。
　酸味・甘味ともに充実したつぶつぶ苺を、ゼリーとして配置。サラダ。
「人魚姫の、恋の味……ってところか」思わず呟く修。料理の世界に没入している。
　ゼリーコートしてチョコに浸し、固めたフルーツ。コクのあるチョコと、果汁を同時に楽しむことが出来る。

　瞬く間に夢幻の砂浜が、箱庭的な弁当箱の中に現出した。
　それでいて、幕の内としての体裁は整えている。見る人が見ればわかる、嬉しい配慮だ。
　味に濃淡と奥行はあるものの、やはり口直しも欲しい。後口サッパリの無糖紅茶をセットで販売せてもらおう。

　どこまでも冷静な修と対照的に、もう一人のスイーツ担当班からは、異様な熱気がむらむらと立ち上っていた。
（童話って言えば……ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家とかかな）
　そう考えた瞬間、理沙の脳裏にはお菓子の家のヴィジュアルが、くっきり鮮明に浮かび上がる。
　フルーツの森に建てられた、お菓子の家。色とりどりのフルーツが、ガムシロップを浴びて、ルビーにサファイアに光沢を放っている。
　屋根は板チョコとフルーツ。
　壁はカステラ・クッキーの焼き菓子で。
　内装も当然お菓子。プリンのテーブル、氷砂糖のガラス、花瓶、花。
　扉は硬く焼き上げたクッキー。

　精巧に、細やかに組み上げられていくお菓子の家。
　一見クールな理沙だが、スイーツが絡むと夢中になって没頭してしまう。
　緻密なデザインはチョコペンでお絵かき。
　――すごく楽しいなぁ！
　晴れ晴れとした顔を見せる。
　作業に戻ろうとして、その隙にひょいとフルーツをつまむ。
「つまみ食い……げふん！　味見も、美味しいや！」そう言って、辺りを見回す理沙。「スイーツっていったん食べ始めると、止まらなくなっちゃうからね。食べ過ぎないようにしないと」
　製作過程、内装にカメラを回しつづける舞華。宣伝材料として、これほどのものはあまりない。
「スイーツの魔力、恐るべし！」普段のクールさはどこかにやって、茶目っ気たっぷりに笑いかける。読者モデルでもある彼女、笑顔にファンはメロメロだろう。
「そういえば、お菓子の家って、人食い魔女の罠なんだっけ……そういうとこ案外えげつないよね、童話って」言いながら、チョコレート製の魔女を配置する。
　容赦のない展開、哀しいエンディング、そういったものは昔話には多い。
　だが、今回の演劇祭は、自分たちで物語を作る。
　どんなエンディングになるかは、彼ら次第なのだ。

　芸術品のように見事な、理沙のお菓子の家。
　充実感いっぱいで頷く彼女。そのままぴたりと停止する。
　ついつい集中して忘れてしまった。周りの人間も気づいていたけど、彼女の熱気を見たら、止められなかった。
「予算……しまった……忘れてた……」