幕の内の内の内｜リアクション

幕の内の内の内

「とうっ！　謎の美少女料理動画投稿者、登場っ！」デジカメ片手にニッコリ笑うのは檜扇舞華。動画投稿サイト『ネコネコ動画』で、不定期に生放送を繰り広げている彼女。
　今回は動画のネタ収集も兼ねての参加だ。編集され、宣伝も兼ねてアップされる。
「ネタがあると聞いて歩いてきました！」
　演劇祭にかける一同の意気ごみは、尋常ではない。

　ぱらりと広げられる、幕の内のデザイン画。
「デッサンもあるんかい」満月は感心する。「まあ、完成図があれば、作りやすいモンさね」
「幕の内弁当ね……」橘千歳は唇を結ぶ。生真面目な彼女、しっかり知識を用意している。「由来は諸説あるけど……芝居の幕間に、役者とか客が食べた説、相撲の幕内の『小結』っていう役が起源という説……。
　今回は、演劇の合間に売店で売られるわけだから、前者の説かな」
「何か、約束事とか……あるんだっけ？　幕の内弁当は」御剣刀が尋ねる。

　刀と千歳、二人は毎朝剣道の練習をしている。
　そのあとで千歳の手作り弁当を二人で食べている。
　毎日食べているのだが、刀は飽きない。
　千歳も、季節や刀の気分を忖度し、あれこれとメニューを変えてみる。
　料理に賭ける気迫は一様のものではなかった。
　幕の内弁当作りに、千歳を誘ったのは彼。
　今回の幕の内弁当でも、きっとうまいものを作ってくれるはず。
　
「幕の内弁当の約束事……」うーん、と千歳は空を見上げる。「『小結』起源っていうところからいうと、俵型のお握り、焼き魚、蒲鉾はやっぱり外せないわね」
　　
　ほう、と感心するのは鉄衛守。
　卵焼き、蒲鉾、焼き魚といえば『幕の内弁当の三種の神器』と言われるものだ。
　これを踏襲したアイデアを出す学生がいるとは……。
　単に知識だけではない。かっちり歴史にまで遡り、定石を踏まえて料理にのぞむなどという発想は、なかなかこの歳でできるものではない。
　斬新なアイデアは若者任せ、自分はオーソドックスな路線を……と考えていた彼だったが、なかなかどうして、彼の路線への賛同者も多いようだ。
　王道に外れなし。しくじるわけにはいかない。確実に満足してもらいたい。

　和風洋風、二種類の幕の内を提案する衛守。洋風といってもご飯をベースにしたスタイルというのに、舞華も賛成した。
「和洋折衷は日本の文化です」今回は和というものにこだわってみたい、というのが舞華のコンセプトだった。
「鮭の塩焼き、きんぴら、京風出し巻卵、それと漬物」代表的な品目を上げていく千歳。「彩が淋しい感じだから、野菜サラダとかで彩りを足して……」夢中で考える。料理好きな彼女、ついつい集中してしまう。
「参道商店街で野菜を買ってきました。色目のいいものもあったので、ためしてみましょう」舞華がプチトマトを取り出す。
　煮物。エビフライ。から揚げ。様々なおかずが提案される。

　一方シンプルな方向性も悪くないかも、という意見が出る。
「幕の内に、お弁当だけに時間を使いたくないのだ」そう言うのは後木真央。幕の内という範疇にとらわれず、イベントを愉しむためのアイデアを繰り出す。「箸も何にも使わないサンドイッチ弁当とか、欲しがる人もいると思うのだ」
「できるだけ観劇の邪魔にならないように、おにぎりにしようと思うんだけど……」深倉理紗子もそう提案する。「少しシンプルという気がしないでもないけど、品数を増やしすぎて、食べきれなくなるのもなんだし」女性らしい提案だ。
「容器単位で、複数のおかずのパターンを用意し、買う側が自由に選べるというのも悪くないな」衛守の呟きに、得たりと頷く千歳。重箱のなかに小さな容器を組み合わせる幕の内弁当というのも、彼女の知識にあった。

　わいわいがやがや、相談は続く。
　そこからちょっと離れたところに、いつからいたのか、一人の少女がじっと立っていた

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