探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル｜リアクション

探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル

＜調査ファイルNo.0867 八十八旗信彦＞
寝子島高校普通科1年2組。
ナンパ。チャラい。軽い。ナンパ。
ひこにゃん、チャラ彦と呼ばれているところを見かける。
ナンパの成功率は極めて低い。
ろっこん：何度も断られ足蹴にされ無視されても折れない強靭なハート。あれこそが彼のろっこん？

1つ。レディには常に紳士に接する。
1つ。心がレディならレディとして接する。
1つ。レディを外見で判断しない。

　信条を心中で丁寧に復唱すると八十八旗信彦はまぶたを開く。信念と自信のこもったスカイブルーの瞳は強く優しく。かきあげる髪は周囲の視線を集めるほどの輝きを放ち艶やかで柔らかい。
　平日の午後5時、シーサイドタウン。買い物をする主婦、下校途中寄り道する学生、仕事中の社会人。たくさんの人間がそれぞれの目的を携えて忙しなく行き交う時間。信彦は人の流れの真ん中にいた。
（いた……！）
　彼の鋭い瞳は逃さない。
（スリーサイズ、88・57・80！　こりゃ上物だ！）
「そこの抜群にキレーなオネーサン！　お仕事の帰りですか？　もしかしてモデルさんですか？　いやあなたがあまりにも美しいから……あ、ちょっ、ちょっと、せめてお茶だけでもいかがですか？　ね？　あの、せめてこれだけでも受け取ってください」
　パッと懐から取り出したるは一輪の薔薇。ひこにゃんの得意芸だ。
「あの、ほんとお願いします、この通り！」
　紳士を気取っているはずなのだが、大体最後はグダる。そっぽを向かれるだけならまだしも、
「痛！」
　鞄が顔面に飛んできたりする。……まあ、通報されないだけマシか。
「うーん……」
　鼻面をおさえながら唸る。最近レディの反応がすこぶる悪く低空飛行気味だ。
（なにがまずいんだ……はっそうか！　かっこいい俺にふさわしい、より俺の良さを引き立ててくれるかっこいいポーズが俺には必要なんだ！）
　一貫してポジティブ。結論づけると、路上でさっそくポージング練習を始める。
　と、そこを通りかかる見知った顔。
（お、あの子は寝子高の１つ年上の！）
　同じ学校に通う女子生徒はほとんどリサーチできている。
「冴来ちゃんじゃないかーこんなところで会うなんて偶然だねえ！」
　考えるより先に口と手が動く。
「へー普段はそーいう格好してんだあ、大人っぽくて可愛いようんうん！」

（面倒なのに絡まれたわね）
　花風冴来はため息を吐く。いつもなら無視して通り過ぎるのだが、同じ学校の人間と出くわしてしまったのだから仕方がない。
「こんにちは信彦さん。街中でナンパ？」
「いやいやー思わず冴来ちゃんの美しさに目を奪われちゃってさー」
　調子のいいこと言ってくれるわね、と呆れながらもお礼を返し、
「ごめんなさい急いでるから」
　信彦の前を通り過ぎる。
「あ、ちょっと待ってよ冴来ちゃん、もうちょっとお話ししようよ……お、冴来ちゃんステキな指輪してるね、青い薔薇？　実は俺も薔薇持ってるんだぜ、しかも本物」
　冴来の前に回り、ポンっと袖から一輪の薔薇。ひこにゃんの得意芸だ。さっき開発したばかりの、信彦主観のかっこいいポーズを織り交ぜながら。
「よかったらこの後オシャレなカフェのオープンテラスで、ショコラとプディングでもどう？」
　一瞬、躊躇し立ち止まるが、また歩きだす冴来。
「ちょ、ちょっと冴来ちゃん〜」
　信彦も粘り強く並走。
（しつこいわね）
　冴来、左手人差し指の青薔薇の指輪に口づけする。そして満面の笑顔。
「あのね、私お願いがあるのよ」
「うん！？　なになに？」
「これ以上私につきまとわないで欲しいの」

　気がつくと信彦は冴来を見送り、街中で1人立ち尽くしていた。
（諦めの悪い俺が……潔く諦めてしまった）
　愕然とする。
（冴来ちゃん、一瞬だけ躊躇って……脈ありかなと思ったのにな）
　首を傾げふと頭上を見上げると、一羽のカラスがビルに留まっている。
「カァ」
「何だよーカァ」
　信彦に一瞥をくれてから大げさな音を立てて飛んでいった。
「くそー今に見てろよー……お！　ご機嫌うるわしゅう、清楚で美しいお姉さま」
　ひこにゃんのナンパ人生は終わらない。

このページにイラストを設定する