進路相談、君等の道２【芸術科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【芸術科編】

●芸術科２年７組

【三宅葉月の場合】

　アンティークドールのようにアンニュイな睫毛が翡翠の瞳を縁取っている。
　長く伸ばした黒髪が夜の波のように深い碧に揺れる。
　担任の富士山権蔵――いや、フジコ先生は、そんな葉月の耳元にフゥッと熱い息を吹きかける。
　通称、フジコブレス！
　ローズなフレグランスの吐息攻撃は、フジコ先生の授業を受ける生徒たちに大いに恐れられているのだが、葉月はふわりと首を傾げただけであまり動じていないように見えた。

「三宅ちゃんは留学希望なのね」
　そこには世界でも屈指の最難関のフランスの国立美術学校の名が書いてある。
　葉月はこくり、と頷いた。
「三宅ちゃん、いい絵描くわよね。自分の服も自分で作るそうじゃない？」
　葉月はまたこくり、と頷く。
　未来のことなんてあまり考えていないかのような曖昧さで。

　ぼんやりしているように見えて、葉月は敏感に感じていた。
　私は卵。
　ひとり閉じこもって絵を描いたり、自分の服をつくったり、そういった繊細なものと向き合う時間は好きだ。生まれもった手先の器用さもあり、好きから生じた上手もあり、何度かコンクールなどで賞をいただいたこともある。
　けれど、まだ……――なにかが燻る。
「……このまま自分の殻に閉じこもっていたら、そのままどこにも行けなくなるような気がするんです」
「自分の殻？」
「――なんだか目の前に見えない壁があるみたい。賞状を貰っても、上手だねって褒められても、自己満足で終わってる気がして……緩やかに壁に押し付けられてその先に進めない感じ」
　だから、と葉月は静かに続ける。
「この辺で自分の殻を破るには、何かしら自分に高い目標を課さなければと。で、その結論が世界でも屈指の最難関のフランスの国立美術学校、エコール・デ・ボニャールへの留学なんです」

　フジコ先生はひとつ瞬きし、紙縒りのように細く捻った息を吐く。
「それで？」
　フジコ先生の瞳は先生ではなく劇団座長のそれだった。ともに舞台に立てる人間なのかどうか推し量っているかのような、ねっとりと重みのある視線が葉月に注がれる。
　この視線に耐えられなければ、葉月に先に進む資格はない、そう言わんばかりの。
「その壁を越えて、あなたはどこに行こうというの？」
　葉月はふいに顔をあげた。
　その翡翠の瞳でフジコ先生を臆せず見つめる。フジコ先生がたじろぐほどの純粋さで。
「私……絵を描くことを通じて世界の一瞬を切り取り、そこに新たな生命と驚きと喜びを見出して、皆に幸せにしたいんです」
　それは絵を描いて生きることを決めた葉月の、譲れない一線だった。
「だから、学校に入ることが目的じゃなくて、そこで学び、さらに自身の表現を磨きたい。そう思います」

　葉月の固い意志を見たフジコ先生は満足そうに彼女の白磁の頬を指で撫でた。
「フフ……いいわ。やってみなさい。見守っててあげる」
　葉月は頷く。
　その仕草に迷いはなかった。