進路相談、君等の道２【芸術科編】｜リアクション

進路相談、君等の道２【芸術科編】

●プロローグ

　マリベル・ロイスは、翡翠のような緑色の瞳を瞬かせながら廊下を早足で歩いていた。
（うう、津止先生と一対一って結構緊張するなー）
　そう思った途端にこけた。
「あうぅ」
　スカートの埃を払ってまた急ぎ足。
　なにしろ今日は進路相談なのだ。約束の時間はもう迫っている。

　１年６組の担任、津止孝道先生は、とてもミステリアスな先生だ。
　雑談のようなものとは縁遠く、いつも気難しそうな顔をしている。
　どこに住んでいるか誰も知らないし、何を考えているかもわからない。
　マリベルが緊張してしまうのも無理からぬことだろう。

　息を呑んで、扉を開ける。
　書類に目を落としていた津止先生が、眼鏡を外しながらこちらをチラリと確認する。
「入りたまえ」
　静かな声。マリベルはごくりと息を呑み込むと、促されるまま先生の前に腰を掛ける。

●芸術科１年６組

【マリベル・ロイスの場合】

「……でな、ウチ、たこ焼きには相当こだわりがあってな。先生はたこ焼き好きですか？」
　津止先生は無言だった。
「そ、そうだ、先生のお宅にたこ焼きプレートはありますか？　自分でやったらおもろいんで、す……よ？」
　先生はなお無言だった。それでいて１ミリ、眉間のしわが深くなったようにマリベルには見えた。
　この雑談、明らかにハズしてる！
「はははは、は。……せ、先生そろそろ進路の話しましょうか？」
「私ははじめからそのつもりだ」
　すげなく返され、マリベルは内心、ひゃああっと悲鳴を上げる。
　津止先生の視線が冷凍マグロより冷たい。気のせいかもしれないけど！
　マリベルは慌てて、自分の事情についてしどろもどろに話し始めた。

「し、進路については両親と何回か話はして……二人ともプロの楽団に所属してるからやっぱウチも音楽やりたいっていったら、そこはすぐＯＫしてくれました」
　マリベルがもっとも得意とするのは打楽器のひとつ、ティンパニである。
「パーカッション、否、音楽が出来るなら国内国外問わず好きな学校で学びなさいいうのが両親の考えで、ウチもそうしたいなって思ってます」
　津止先生は書類に話を書き止めながら訊いた。
「将来は音楽関係の仕事に就きたいそうだな」
　マリベルの表情がパッと明るくなる。
「はい。うち、音楽が大好きだし、両親も音楽関係の仕事についているから自分もその方面の仕事に就きたい思うてるんです！」
「そうか」
　津止先生の視線に、もう冷凍マグロの冷たさはなかった。
　マリベルはそのことにほっとして、津止先生に相談してみる。
「ちょっと不安なのが……海外にいったときのコミュニケーションや」
　一応英語は喋れる。しかし、スペイン語はあまり話せない。スペイン生まれ日本育ちのスペイン人であるにも関わらず、だ。それで大丈夫なのだろうか。
「せ、先生は海外の人とお仕事したこととかあります？」
　すると先生はちらりとマリベルを見て、ある、と言った。
「音楽という共通言語があれば言葉がなくてもコミュニケーションが取れることもある」
　しかし、と先生は続ける。
「海外で学ぶとなると話は別だ。海外の音楽学校で学ぶのであれば、その国の言葉で問題なく学業について行けることを証明しなければならないだろう。海外での就学を目指すなら言語の勉強は早いうちからはじめておくのがよい、と私は考える。そのことも含め両親と相談してみるように」
「はい」
　マリベルは礼を言ってその場を辞した。
　そっか、どうしようかな。そんな不安とわくわくを胸に抱きながら。

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