そうだ、秋を探そう｜リアクション

そうだ、秋を探そう

【赤色に染まる山】

　さて、その日、九夜山にはもう一人宿題の秋探しにやってきた寝子小生がいた。
　煌白燕。
　中国大企業の社長令嬢であり、先天白皮症による白い肌と髪、赤い瞳が特徴的な小学三年生である。
「まったく、いくら教育係だと言っても心配し過ぎなのだ……」
　白燕は頬をぷりぷり膨らませながら、一人でゆっくりと九夜山の山道を歩いていた。
　というのも、彼女はこの寝子島に母親の病気療養のために一緒に寝子島にやってきていたのだが、
「宿題ぐらい、私一人でできるというのに……」
　そんな彼女についている教育係の青年に、九夜山に行くことを妙に心配されたことが気に入らないらしい。
　しかし、ただ鬱陶しいとだけ感じているわけでもないらしく、
（せめて教育係ともう少し年が近かったなら、一緒に遊ぶことも学ぶこともできるのに……）
　どうやら白燕の心境はなかなか複雑のようだ。
「べ、別に私は寂しくなどないぞ！　寂しくなどっ……！」
　誰にというわけでもなく口にしたその言葉がかえって彼女の本音をはっきりと言い表しているようにも見えた。

　白燕は色づいた葉っぱを探しに来ていた。
（日本に来る前、写真で京都の写真をたくさん見たんだ。一面の赤や黄色がとても美しかった）
　だから、学校で『秋探し』の宿題が出されたとき、白燕は真っ先に色づいた葉を見つけようと決めていた。
　それが彼女にとってまさしく日本の秋を象徴する存在にほかならなかったからだ。
（紅葉は中国にもある。だが、日本の紅葉は中国のそれとはまた違った美しさがあった）
　上手く言葉で言えないその違いの正体を探すために白燕は山道を上り続けている。
　と、その道中で。
「あ、あんなところにどんぐりが……！」
　白燕はカシやクヌギ、ナラの樹などの下に散らばった沢山のどんぐり達を発見し、赤い瞳を輝かせた。
　赤は白燕の好きな色の一つだった。彼女の両の瞳の色でもある。
　しばし、彼女は葉っぱのことも忘れてどんぐり集めに没頭する。
「……はっ！？　ち、違うっ！　これは教育係にぶつけるために集めただけなのだっ……！」
　はたと我に返り、白燕は白い頬をほんのり赤く染めて誰にというわけでもなくそう叫んだ。
　と、そのとき。
「あ」
　白燕は一匹の小動物と目が合った。
　リスである。
　そのリスはじぃっと白燕を、より正確に言えば、白燕が集めたどんぐりの山を見つめていた。
「そなたも欲しいのか？」
　白燕はそう言って、集めたどんぐりから形の良さそうなものを選んでリスに手渡してやる。
　すると、リスは尻尾を振って、白燕の赤い瞳をじっと見つめ、それからほどなく何処かへ向かってトコトコと歩き始めた。
　そのままどこかへ行ってしまうのかと思えば、途中でぴたりと立ち止まり、ちらと白燕を振り返ってまたじっと見つめてくる。
（……ついてこい、と言っているのか？）
　白燕は小さく首を傾げて、そのリスの小さな背中を追って歩きだす。
　リスのあとを追って歩くこと数分。
「……っ」
　白燕は思わず息を飲んだ。
　リスが連れてきてくれたその場所には視界一杯の真っ赤な紅葉が広がっていた。
　白燕は絨毯のように足下を覆い尽くす赤い紅葉の中からできるだけ形の良い一枚を拾い上げるとそれを愛おしそうに胸に抱いた。
（帰ったら、これを母上に見せよう）
　白燕は心の中で呟いた。
（これが日本の――寝子島の秋だ、といって。それからあいつ――教育係にも）
　赤はあいつも好きな色だから。
　白燕は小さく頷くと、星ヶ丘の自宅マンションに戻るために麓へ続く道へと踵を返した。

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