花愛で狐と秋の花｜リアクション

花愛で狐と秋の花

◆背を押すのは友情
　辺りをひょこひょこと駆けまわる狐の尻尾が揺れる。
　その風に乗るのは甘い、甘い――。

「金木犀……だっけ？　俺この匂い好きなんだよなー」
　ふんわりと鼻を擽るオレンジ色の花を振り仰いで、楢木春彦は確かめるようにその匂いを今一度軽く吸い込んだ。
　来るまでにも届いていた香。
　けれどこの金木犀の広場には途切れることのない、甘さが漂う。
「秋、か……」
　春彦と共に此処を訪れた、六月一日宮檸檬が頭上の金木犀と地面に咲く秋桜に目を細めた。
　花たちが齎すものは秋の香り。
　――けれど今、檸檬の心を占めるのは別のこと。
　はーっと、深く零れた溜息はもちろん春彦にも届いた。
「ホズミヤ、どうした？」
「実はさ、楢木に相談してー事あるんだよ」
　声のトーンはいつもより低め、いつになく真面目な響き。
「なんだ？　突然萎れたレモンみたいな声出してよ」
「萎れてねぇよ！　……って、俺ガチで相談しようとしてんだからな！」
　茶化す春彦に、檸檬は少しだけ声を荒らげるも。
　ふと気づけば、言葉さえ喉で止めてしまいそうな緊張は幾らか何処か行ってしまった気もするから不思議なもの。
　解ってやっているのか、それとも。
　観念したように一息ついた檸檬は、近くに寄ってきた狐をそっと抱きかかえてから、口を開く。
「前に……写真見ただろ？　その……俺の好きな人、の」
　悩んでいるのはその相手のこと。胸にあるのは自覚した恋心。
　公園で告白する機会もあったのだが、その言葉を伝えることは出来なかった。
　次こそはと思ったその気持ちは、勢いを失ったことで急に怖さを生んでしまったのだと。
　築いてきた友好関係、告げたならその関係は少なくとも変わってしまうだろう。
　もし、壊れてしまう方だったら……そう思えば、思考は檸檬から言葉と自信を奪っていく。
「で、会ってねぇのか？」
「全然、会ってねーんだよ………早く伝えたいんだけどな」
　会えていない。けど、それで安心している部分も有るのは否定出来ない。
　伝えたい気持ちと変わるのが怖いの、どちらも。
「お前なー。ハタから見てあんだけ仲良くしてて、人が砂吐くっつーのにドコに不安があるんだか……」
「気持ちは変わんねーし他の奴に渡す気はねーよ？　でもさ、」
　ちゃんとリードしてやれるのか、もし別に好きな人が居たら、とやっぱり不安は消すことは出来ずに。
「……それに俺、年下だし」
　紡ぐごとに、不安は思考をマイナスへと持っていく。
　言わないほうがいいのかもしれない――そんな想いは、春彦の盛大な溜息がぶち切った。

「この、ヘ・タ・レ・モ・ン」

「へへ、へたれじゃねー！」
「なら何で、そんなウジウジしてんだよ？　別に年下は関係ねぇだろうし、」
　――リードとかカッコよくとかより一緒に居たいかじゃねぇの？
　春彦の言葉は真っ直ぐに檸檬に届く。真っ直ぐ過ぎて、きっと痛いくらいではあったのだけど。
　彼の言葉は的確だ。
　自分が目を背けようとした部分、そうであってほしいと思いながら自信の持てなかった部分。
「オマエがお友達のままでさ、ある日隣に別の奴が現れてもイイのかよ？」
「……嫌だ。今のままじゃ、やっぱ嫌だ。へたれじゃねーって言いながら実際その通りだったな」
「ホントだよ。……ったく、いつまで待たせとくつもりなんだか」
「……悪ぃ、結構俺びくついてんだと思う。次にあったら俺ちゃんと言う」
　ぐっと握った拳は決意の証。
「よっし、その意気だ！　ガツンとぶつかっていけ。心配なんていらねぇから！　頑張れよな、檸檬」
「……さんきゅー春彦、お前に相談して良かったぜ」
　お互い響かせたのはお互いの名。いつもとは少し違う、距離の近い響き。
　吹っ切れたように、もう一度狐と一緒に金木犀を見上げた檸檬の背中を、春彦は言葉もなく眺めたまま。
（本気で凄ぇ想ってるの知ってるしアイツなら大丈夫だろ。ま、上手くいくように俺も願っといてやるよ）
　言ってやらねぇけど。
　じれったい奴らだと思う、傍から見たらもうきっと答えは出てるだろうに。
　でも何処か、羨ましいも気もする。
（俺もいつかあいつらみたいな青春してみてぇなー）
　そんな春彦の足元にぴとりとくっついてきたのは、一匹の狐だった。
「ははっ、オマエが俺の相手してくれんの？　狐の嫁入り？　なんつってー」
　思考は思考のまま、言の葉は明るく、狐に笑えば。
　すりすりと頬擦りして、春彦の頬に口を寄せる。
　今はこのぬくもりが、擽ったくも癒やしになったのはきっと言うまでもない。

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花愛で狐と秋の花

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