不思議なお菓子を召し上がれ？｜リアクション

不思議なお菓子を召し上がれ？

「よく見る菓子とは思うですが、１度に作る数が多いだけでそのレシピは過酷を極めるという芸術品……。真なる金平糖は修行２０年以上の職人が２週かけて作るとか。ううむ、きれい」
「お譲ちゃんよく知っているねえ」
　屋台の奥で口角を上げた店主に、猫屋敷姫はいぶかしげな視線を向けた。
「されど、おじさんは金平糖職人には見えないですが。何者です？」
　店主ののっぴきらない雰囲気が、姫には分かったのだ。
（悪戯好きだから解る。この人は作り笑顔。でもまあ、商売人ならそれも良しです）
「私はただ面白い品物を売っているだけでねえ」
「では……商売人さん。わかもみじを１瓶頂きます」
「まいどあり」
　受け取った小壜は美しい。けれどその美しさ故に、姫は警戒していた。
　丁度そこに通りかかった如月庚。姫はにやりと笑うと、
「良かったら食べません？　そこの屋台で売っていたのです」
　一見すると小学生にも見える背の低さに庚も騙され、「おう、悪いな」と数粒口に入れた。
　何か起こるか、と様子を見ていた姫だったが、庚は美味い美味いと褒めるばかりで大したことは起きない。
「俺も買うか」
「ちっ、気に入ったようでなにより。それでは」
「おい、今舌打ちしなかったか」
　庚の問いを無視して立ち去り、姫もぽいぽいと金平糖を口に入れた。
「たしかに美味しいです」
　しかし、食べてしばらく経つと、徐々に身体が重くなってくる。
（おかしいですね）
　姫は近くにある公衆トイレに駆け込み、個室で自分の身体を確認する。
（胸が小さくなってます。ってことは……？）
「おお、これはこれは」
　姫は下半身にできていた物を視認すると、何事もなかったようにしまった。
　一通りがさごそと自分の身体を点検し、やがてひとつの結論に辿り着く。
（私、男の子になってるです。いや、外見の変化はあまりないから、どっちかと云うと……男の娘？）
　個室から出た姫はトイレにある全身鏡の前に立ち、もう一度身体を確かめた。
（でも、何と云うかこう、身長がグーンと伸びたり胸や尻がババーンと突き出したりとか劇的な変身を期待したですが。あ、でも筋肉が少しついた気がするです）
　姫の隣にあるもう一つの全身鏡の前に、奥の個室から出てきた女性が立つ。
（制服や可愛いポンチョとは裏腹のグラマラスさです）
　鏡越しに姫が様子を見ていると、ぼうっと鏡を見ていたその女性は、おもむろにスカートを脱ぎ始めた。
（……ポンチョの痴女？）
　姫はごほんと咳払いすると、
「風邪を引くですよ？」
　と、控えめな注意をする。
　それを聞いた女性は姫の顔を見て、
「……困った」
　と小さく呟いた。

　姫がトイレに来る前にさかのぼろう。
　姫の言葉を借りると『ポンチョの痴女』こと魂行凪は、一足早く金平糖を食べていたのだ。
　運動性の失語症である凪は定期的に病院へ通っている。
　今日もその帰りだった。その道すがら、例の金平糖の屋台を見つけた凪はとことこと屋台に近づく。
「おじさん……」
　声をかけ、ききょうと書かれた札をちょん、とつつくと、店主はすぐ小壜に分けてくれた。
「まいどあり」
　ぺこりとお辞儀をし、帰り路を歩きながらぱくぱくと金平糖を食べていると。
（あれ……おっきくなってる……？）
　金平糖を食べると、心なしか身体が成長しているような気がしたのだ。
　周囲からの視線も感じ、驚いて下を見ると、およそ自分の物とは思えない質量の胸がそこにあった。
　凪は近くにあったトイレに入り、作り物のような胸をわしっと掴む。
「……本物」
　困った凪は恋人に助けを求めて電話をするが、なかなか出ない。
「困った……」
　そんな時、外から人が来る気配がした。凪にとっては天の助け。
　勇気を出して、凪はゆっくりと個室の鍵を開けたのだった。