不思議なお菓子を召し上がれ？｜リアクション

不思議なお菓子を召し上がれ？

「蓮太郎さん、あれじゃないですか？」
　あれからふたりは自販機で温かい飲み物を買い、とりとめのない話をしながらずっと海辺で星を待っていた。
　仄暗い公園の中、あやめが指差す先にはかすかに光る星が見える。
「そうだね、一番星だ！」
「こんなに明るいものなんですね」
「今から、もっと明るくなるよ」
　蓮太郎は意味深に微笑み、すっかり表情が和らいだあやめの耳に顔を寄せた。
「今日、ここに来てよかった。すみれちゃんは全て受け入れてくれる気がして、心が落ち着くよ。だから……今夜、僕の我儘に付き合ってくれる？」
　恋愛はフリーダム。
　場合によっては性別だって問わない蓮太郎にとって、ここで女性を口説かない手はない。
　ただ、驚いたのはあやめの方だ。
　急に逞しい腕に肩を抱かれたと思ったら、身体と身体が密着しているのだから。
「え……え？」
　人と触れ合うことに慣れていないあやめの思考は一瞬にして止まった。
「すみれちゃん……駄目かな？」
　囁かれる声に頭が真っ白になる。
「れ、蓮太郎さん……っ」
　そんなふたりの後ろで、僅かに残っていた夕日が、一瞬の眩しさのあと海に沈んだ。

「あ、アイエエエエ！？　店主くん！？」

　素っ頓狂な声が辺りに響き渡る。あやめはおそるおそる顔を上げた。
　そこには見惚れるような美青年期……を経た、壮年の蓮太郎がいる。
「…っ、すみ、すみませんっ…わた、僕、騙すようなつもりは…っ」
　そう云ったきりあやめは石のように固まる。
　状況が呑み込めない蓮太郎もあやめを抱いたままフリーズしていた。
「えっとつまり、すみれちゃん……が店主くんってこと？」
「金平糖食べたら、なぜか性別が変わって……あの、云う機会を逃して…………っか、帰ります、夕飯の支度が！」
　居たたまれなくなって逃げだそうとしたあやめだったが、すぐさま蓮太郎に引きとめられる。
「待って店主くん！」
　腕を引かれ、さっきよりも厚くなった胸板に抱きとめられたあやめの頬に、暖かいものが触れる。
　微かに聞こえたリップ音が何を意味するのか、あやめには最初分からなかった。
「可愛い店主くんもみられて今日は楽しかったから、これは俺なりのお礼だぜ！　これからもよろしくな！」
「あ、あのこちらこそ、浅葱眼鏡店をよろしくお願いしますっ！」
　テンパりまくったあやめは謎の挨拶を残し、すぐさま走り去る。
　蓮太郎は脱兎のような後ろ姿を笑いながら見送った。
（夢のような恋物語は終わってしまったけれど、俺たちの縁はこれからも続いていくんだ！）

　海辺から離れたところまできて、あやめはやっと冷静になれた。
（……頬に、キス）
　左頬を撫でると、さっきの光景がすぐさまフラッシュバックする。
（いわゆる『普通』の同性の友人って、どんなものだったっけ……。やっぱり女性化の名残でこんなことをしたんだろうか）
　熱いままの頬を夜風に当てながら、あやめは次に蓮太郎に会った時、どんな顔をすればいいのか考えていた。