アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

■
（――やっぱり、気のせいじゃないですよね？）
　白浜渚は足を止めて、恐る恐る背後を振り返る。
　姿は見えないが、気配は確実に感じる。自分の気にしすぎではなさそうだ。
　近道をしようと入った裏道に人気はない。渚と、後ろを行く何者かの足音だけが響いていた。
（このままじゃ、追いつかれちゃいます？！　走って逃げなきゃ……！）
　瞳に怯えの色を浮かべた渚は、眼鏡を軽く押し上げる。
　一リットルのジュースが入ったコンビニの袋を提げる手に、ぎゅっと力を込めて駆け出す。
　しかし、一歩踏み出した先に菓子のゴミが捨てられていた。それを踏んだ渚の足がずるりと滑る。
「わ……わっ！？」
　バランスを崩した体はそのまま前へ傾いて、大きな音と共に渚が転ぶ。
「痛た……ぁ、逃げ、逃げないと……！」
　幸いにも怪我はなかったが、こうしている間にも追いつかれてしまうかもしれない。
　渚は慌てて立ち上がると、再び駆け出した。

　運が悪いことに、路地には様々な物が転がっていた。
「きゃっ！」
　停められている自転車にぶつかり派手に倒したかと思えば、次はゴミ箱にぶつかって中身を路地にぶちまける。
（ごめんなさい……明るくなったらちゃんとお掃除しますから！）
　心の中で謝罪の言葉を繰り返しながら、真っ直ぐな黒髪を靡かせて渚は家に向かって走り続ける。
　何度も転んだりぶつかったりするうちに衣服は汚れ、息を切らせているが渚が足を止める様子はない。
　色濃くなる背後の気配に急き立てられるように、足を速めて家路を急ぐ。
　途中、捨てられていた空き缶を蹴飛ばしてしまい、路地に響く音に身を竦ませたり、足が縺れて転んでしまったりしたが、幸いにも大きな怪我はなかった。
　
「きゃぁあ！」
「んん……っ！？」
　渚の足が蹴飛ばしたのは空のビールケース。いくつか詰まれていたそれが、崩れて渚に降り注ぐ。
　頭を庇うように両腕を上げ、渚はその場にしゃがみこんだ。
　自分以外の声が聞こえたことには気付いていない。ただ、気配は先程よりも強く感じていた。
　ビールケースの落下が終わったところで、渚は傍らで同じくビールケースの襲撃を受けた少女の姿に気がついた。ソワカである。
「おやおや、見つかっちゃいましたねぇ……フフフ、そうです！　私がこのゲームのラスボスでーす！　さあカモンカモ……あっいや、暴力はやめて下さ」
　混乱と恐怖が高まっていた渚は、持っていたジュースをソワカに向けて振り下ろす。
　当たっていても当たっていなくてもいい、渚はソワカの反応を確かめることなく一目散に駆け出した。
　息を切らせながらなんとか家の前まで辿り着くと、ちらちらと後ろを確認するがもう気配はない。
　安心したように息を吐いて、薄っすらと涙の浮かんだ目を擦る。
「幽霊、じゃなかったですよね？　人……？　でも、どうして私についてきたんでしょう……？」
　ジュースのパック越しに感じた衝撃は、相手に実体があることを示している。
　しかし、自分の後をつけてくる理由が分からず渚は首をひねる。
「とりあえず、お風呂に入りなおさないとですね。ジュースはその後、お風呂上りに飲みましょうか」
　今度から夜出歩く時は、遠回りでも大通りを進もう。渚はそう決めて、家の扉をくぐった。

□
「んー……ビールケースが降ってくるのは予想外でしたね」
　ソワカは一人、路地に佇んでいた。
　隙間から隙間へ移動し渚の後をつけていたが、渚がビールケースに躓いたことで自分も落下に巻き込まれ、見つかってしまった。
「次からは気をつけるとしましょう。さて、お次はどこに行きましょうか……」
　ふわり、ツインテールを揺らして、ソワカは再びビルとビルの隙間に消えた。