ココデハナイ、ドコカ｜リアクション

ココデハナイ、ドコカ

「寝子島では時々不思議なことが起こりますね」
　天動記士郎がワンボックスの軽自動車を停めたのは、唐突に襲ってきた違和感のためでした。

　商店街の中をのろのろと移動していた矢先、彼は空の色が変わったのに気がついたのです。
　商用車として許可を取っているので、記士郎の車は商店街内でも走れます。
　しかしそれは、参道商店街に限定した話です。この場所では、どうでしょう。
　降りるとやはり、見知らぬ場所です。商店街なのは確かですが、参道商店街ではない。
　そしてやはり、空は異様な色をしていました。
「気候が少し……変ですね」
　まずは落ち着いて『ろっこん』を試します。
　記士郎の能力は、上空の気流や気圧の流れが見えるというもの、毎日のように使っているので、それらに異常がないか、いつもとどこが違うかを確かめるのは容易です。おおまかな天候を予測することもできました。
「まさか……そんなことが……」
　つい口に出して言ってしまいました。
　予測ができない。というよりも、天候に動きがないのです。
　薄紫を帯びた現在の空が、貼り付いたように止まっています。まるで時間の流れが、静止してしまったかのように。

　同じ頃、黒依アリーセもこの異空間にいました。
　本日彼女は学校帰り、和菓子屋を探して参道商店街に来たのでした。お目当ては『らっかみ饅頭』なる銘菓です。教えてくれた級友によれば「日本中のどこを探しても見つからないような味」がすると言うことでした。
　やがてアリーセは、奇妙に落ち着かない気分に襲われました。
「もう少し行けば和菓子屋さん……だったはずなのに……？」　
　さっき通り過ぎた道をまた、歩いているような気がします。
　いや、気のせいではありません。確実に二回、いえ三回はこの場所を歩いているはずです。あのポストに見覚えがありますもの。あの八百屋にも。
　それどころか、そもそもここは参道商店街なのでしょうか。アリーセの見知らぬ店ばかりでした。既視感のあるものはひとつもない。
　どれくらい歩いたのか気になって、アリーセは袖をまくって腕時計を見ました。
「……！」
　うなじの皮下がざわめくような、感覚。
　アリーセの腕時計は、白いケースにブルーの文字盤、すっきりシンプルですが洒落たデザインです。紺色の革バンドも気に入っています。
　その時計が、止まっているのです。
　電池切れのはずはありません。先月交換したばかりなのですから。商店街に入るまでは、しっかりと時を刻んでいた記憶もあります。
　常識的に考えれば、時計が故障したのでしょう。
　けれど、故障ではないとしたら……？
「ここは……ここは……どこ？」
　彼女は、自分を中心として地面が、ぐるぐると回転しているような錯覚を覚えました。
　視線を感じます。たくさん、感じます。
　気がつけばアリーセの目の前から、横手から、そして、振り返れば後方から、気味が悪いほど顔色が悪い人たちが何人も、じり、じり、と無言で近づいてくるではありませんか。
　誰一人知り合いはいません。ですが彼らが、アリーセを目がけて歩いてくるのは一目瞭然でした。
　少しずつ、されど着実に、包囲の輪が小さくなっていきます。

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