フツウ＊シマリス書店｜リアクション

フツウ＊シマリス書店

◆10日後の平日編

　制服姿の綾辻綾花がパタパタと走っている。
「と、到着……おはようございます、冬子さん」
　アルバイト先のシマリス書店の前までたどり着くと、入り口付近にいた浜西冬子と目が合い頭をぺこりと下げる。
「まあ。走ってきたの？」
「おばあちゃんが道に迷ってて。案内してたらギリギリになってしまいました。すぐに着替えてきますね……っ」
「ゆっくりでいいわよー」
　おっとりとした冬子の声を背中に受けながら、綾花はスタッフルームに荷物を置きに行く。ガチャ。スタッフルームの扉が開き、アルバイトの大天使天吏が出てきた。
「こんにちは。綾辻さん」
「こんにちは、天吏さん。今日もよろしくお願いします」
「どうぞ」
　天吏がドアを抑えてくれたので、綾花は一礼して入室した。彼女は同じ学校の先輩である。ゆるい金髪と眼帯が特徴の綺麗な人だ。
　綾花は制服からバイト用の私服に着替え、書店のエプロンを身に付ける。
（ポケットにはペンとメモ帳……うん、入ってる）
　仕事に必要なものを確認したらすぐに店に出た。今日は２１時までのシフトである。
「冬子さん。人が足りない所はありますか？」
　綾花に尋ねられ、パソコンで売り上げのチェックを行っていた冬子が顔をあげる。
「そうねえ。新刊の補充をお願いするわ。ほかにも足りない本があれば見てきてくれるかしら。混んでたらレジもお願いね」
「わかりました。行ってきますっ」
　新しい本のにおいは好きだ。
　綾花は学校では図書委員、趣味のひとつが書店通いという生粋の本好きである。重い本を持ち上げても疲れは感じなかった。
「店員さんかしら？　少しいい？」
「はい、なんでしょう！」
　新刊の整理をしていた綾花に、私服姿の仙藤紫が声をかける。紫は注文していた大学の課題図書を受け取りに来ていたが、大量の課題図書だけでは味気ないので、ほかの本も買って帰ろうかと考えていた。
「『自作自演探偵コネキネマ』の７巻はあるかしら。新刊なのだけど見つからなくて」
「そのシリーズでしたら特設コーナーに移動しています。ご案内いたしますね」
　本の壁に囲まれた通路を進む。
「移動していたのね。気が付かなかったわ」
「ミステリーフェアが開催中なんです。コネキネマ面白いですよね」
「前作はパワーダウンしていたけれど、今作はどうかしら。あなたはもう読んだ？」
「先日読みました。面白いですよ！　ネタバレしない範囲で言うと……３巻が好きな人なら絶対好きです」
「よかった。私、３巻はかなり好きなの。ほかにもおすすめの小説があれば教えてくれるかしら」
　どき、と綾花は緊張する。
（ど、どうしよう。私の好きな本をおすすめすればいい？　映画原作の売れてるやつのほうがいい？　コネキネマはコメディ・ミステリーだから楽しい話が好きな人なのかな）
　コネキネマの７巻を紫に手渡しながら、綾花は頭をフル回転させている。
　紫はそんな綾花の様子を見て、ぽそりと
「……店員さん。私、心理描写が豊かな話が読みたいわ。そういうのでおすすめのものがあれば嬉しいわ」
　と呟いた。紫は春から心理学を学ぶのである。
「心理描写、ですね。でしたらこのミステリー小説はいかがでしょうか。
　海外のミステリーで、上下巻ありますが面白くて一気に読んでしまいます。遺産を巡って起きる殺人事件の話ですよ」
「この作者、有名な人よね。面白そう……ありがとう、これを貰っていくわ」
　少しほほ笑んで、紫は絵本のコーナーに向かった。
「……緊張しました」
　ふう、と息を吐く。
（いつか、さっきのお姉さんが感想を教えてくれたら嬉しいです）

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