敬老の日に｜リアクション

敬老の日に

（お爺さまの手……迷いなく動く）
　あやめは甚三郎の節くれ立った指を見つめる。
　太い指は、まずフレームの歪みを直していく。
　ゆっくりと暖めながら、慎重に。
　決して無理な力がかからないように。
（積み重ねた経験と実績に裏付けされた感覚によるものでしょう……僕ではとてもこうはいきません）
「……少々お待ち下さい」
　そう言うとあやめは店の奥に入り、救急箱と湿らせたタオルを持ってきた。
「修理の間に……怪我の応急処置をしましょう」
「あ、ありがとうございます」

（フレームの大きな歪みが治ったら、フィッティングだな）
　あやめが遵の顔を拭き終えると、眼鏡を持ち甚三郎が近づいてきた。
「一度かけてみてください。調整しますんで」
　そして眼鏡をかけた遵の顔をじっと観察する。
「あ……歪みが直ってますね」
「いや、まだですよ、失礼します」
　そのままそっとフレームに触れ、優しく押えたり戻したりする。
（どこが浮いてて、どこに余計な力がかかってるのか。どう調整したら、ぴったり顔に嵌まるのか。それをちゃんと観察だよ）
　目と指で見極めて、その通りにまた調整する。
　顔を包み込んで、その一部になるように。
　
　その間にあやめは応急手当を終えていた。
「お待たせしました。またかけてみてください」
　遵は再び受け取った眼鏡をかける。
「すごいですね、まるで新品みたいに治ってる」
　感嘆の声を上げ、遵は礼を言った。
（……まぁ、あやめならこの確認・調整を数回はしなくちゃならんかもな。勿論一人前の技術はあるんだが）
　内心甚三郎はつぶやく。
（まぁ、俺の技術が衰えてねえってことだよ）
「ありがとうございました、その、今度また来ていいですか？今度は新しいメガネを作ってもらいたいです」
　新品同様になった眼鏡だが、ケガの絶えない自分の日常を考えると、残念ながらそう長持ちするとは思えない遵である。
「ありがとうございました。ええ、その時には、ぴったりの眼鏡を誂えさせて頂きます」
（あやめがな）
　あやめのほうを向き、甚三郎はウィンクしてみせた。
「はい、よろしくお願いします」
　店を出て行く遵に、あやめは頭を下げた。
「……ありがとうございました」

　遵は、満足しながら帰途についた。
「僕が言えることじゃないけど目つきの悪い店員さんは実直そうだったし、お爺さんの方はすごい腕だった。うん僕もがんば……」
　しかし、そういいかけて再びつまずいて転ぶ遵であった。

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