チャリンコのお悩み、解決します｜リアクション

チャリンコのお悩み、解決します

「買い換えるとしたら、どういうのがいいんだろ」
　奈良橋博美は、メンテを頼んでいる間、店に並んだいろいろな自転車を眺めていた。
「遠出することが多いなら、軽くて丈夫なロードバイクなんかがいいと思いますよ」
　二輪悟が振り返ってアドバイスをする。
「でも、それって値段の割に故障もしやすいんじゃね？」
　ふたりの会話を混ぜっ返してきたのは山田勘三郎だ。手伝う代わりにまけてもらう交渉は結局失敗し、手持ち無沙汰になってしまったのだ。
「このブランドなら、きちんとメンテをしていればそう壊れることはないですよ」
　悟は苦笑して答える。
「なあ、MTBはどうかな？箱根までは山道もあったから」
「それは手入れがめんどくさいと思うぞ～」
　博美の問いに勝手に答える勘三郎。
「うちには掃除のためのキットも揃えてますから、慣れればどうってことはないです」
　半端な知識のまま悪気なくおせっかいをする勘三郎の言葉に、悟は急いでフォローを入れる。
「でも、丈夫そうな自転車はみんな高いよなあ……。お店の手伝いとかして、ちょっとでも負担を減らしたいなあ」
　博美はぼやく。やはり、自転車でもいい値段のものは高校生が即決できる値段ではないのだ。
「うちのバイトなら、いつでも募集中ですよ」
「むー、ちょっと考えよう……知識がほとんどないから、力仕事くらいしかできないけど。だけど、力仕事だったら自信あるぜ」
　博美は、ぽんと右手の二の腕を叩いた。ちょっとずるしてろっこんを使えば、高いところにも簡単に手が届く。
「なあ、あんた寝子高生かい？旧市街界隈は詳しいか？」
　勘三郎のおしゃべりはなおも続く。
「ああ、そこそこには」
「学校から旧市街行く途中、デコボコで自転車だと走りづらい道あるだろ。もっと走りやすい道知らねえかなぁ」
「だったら、寝子小のある方面を迂回したほうが早いんじゃないのかな」
「なるほどなあ、覚えとくぜ」
「ところで、学校への近道なんだけど……」
　勘三郎と博美は、寝子島の自転車愛用者同士、情報交換で盛り上がり始めた。

「……なあ、誉」
「なんだ？奏楽」
　市橋奏楽は、すっかりロードバイクを買う気になった弟、市橋誉に言う。ふたりは、店のロードバイクをざっと見たあと、誉の自転車のメンテナンスが終わるのを雑談スペースで待っているところだ。
「今日は自転車のメンテに来たんじゃなかったのか？」
「いいじゃないか、そんなことは。ピアニストは体が資本！体力作りも必要だろう？」
「そうだけどな……」
「奏楽が乗れるなら大丈夫だ。兄貴に出来るなら俺にだって出来る！」
　弟の見せた見栄に、兄はつい、くすりと笑う。
「……なんで笑うんだ」
「いや、何でもないよ。それより、通学用に買うならちゃんとライトをつけろよ。前と後ろに、だ」
「なるほど……ライトは別売りって書いてあるな」
「それと、雨の日用に泥除けをつけることもおすすめしておく」
「ふむ、泥除けか……思ったより高くつくかもな……」
　ちょっと考える誉に、奏楽は少し話を変えた。
「ところで、さっきチェーンの交換がどうとか言ってたな。チェーンカッターがあれば、自分でも簡単にできるぞ」
「何っ……。奏楽はチェーン交換もできるのか……」
　なんてことのない差に思えるが、何故だか誉にはとても悔しく感じた。
「そうそう、ブレーキの調整もしてもらったほうがいい……」
　奏楽の言葉を聞きつつ、自分もチェーン交換できるようになるぞ、と決意する誉だった。
「本当にロードバイクを買う気なら、いつか一緒に走ろう。島を出て遠出するのもいいな」
　誉の内心をよそに、奏楽は弟に向かってにっこり笑う。兄の屈託のなさに気勢をそがれた誉は、若干の照れ隠しのために横を向き、小声で答えた。
「ああ、買ったときには、な」