チャリンコのお悩み、解決します｜リアクション

チャリンコのお悩み、解決します

「もう少しで乗れる状態になりますよ」
「ありがとうございます！やっぱり新品はいいねえ～」
　雨崎荒太郎は、新品のシティサイクルが調整されているのを眺めていた。その時にふと、一人の少女が作業風景をじっと眺めているのに気づく。
「君は何をしてるの？」
「せっかく店に来たから、絵を描こうと思ってね」
　その少女、旅鴉月詠はそう言ってしゃがみ、スケッチブックを開いた。混んでいる店内だが、ちょうど邪魔にならないポジションを確保している。
「へえ……変わってるね～」
「自転車整備の風景は、あまり見たことがないからね。それに」
　月詠は二輪悟にくっついて作業している柚瀬玲音を一瞥した。
「レアキャラもいるようだし」
「え、ボクのこと？」
　振り返る玲音に、月詠は静かに返す。
「私のことは気にしなくていいよ。バイトも仕事を続けて。仕事の邪魔をするつもりはない」
　口を動かしつつ、さっそく彼女はスケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
「おねーちゃん、絵が描けるの？」
「なかなかすごい腕だねー」
　玲音や荒太郎の言葉に、月詠はポーカーフェイスで応じる。
「自転車の前でそれらしいポーズをしてくれたら5分でラフにするよ」
　ラフがかけたら、次は主線を入れる。これでも十分それらしい絵になる。仕上げとして、常備の色鉛筆で彩色する。自転車の空気を入れたり、部品を交換したりするシーンや、それを待つ人々の姿が、次々にスケッチブックに写されていく。
「柚瀬玲音。出来上がった絵は、君に進呈しよう。今日の記念だ」

　パンクの修理を待っている間、志波武道は店内の自転車や小物をじっくり見て回っていた。
「俺専用の自転車は地元に置いてきてるからなぁ……帰省したら、一度自転車屋さんでメンテしてもらうか！」
　そんなことを考えながらも、いろいろな種類の自転車を見ていると、つい欲しくなってしまう。そんな矢先、武道は後ろから声を掛けられた。
「志波先輩、こんにちは。自転車買うんですか？」
　振り返ると、見知った顔。高校の後輩である御剣刀だった。
「おっ、刀くん奇遇だねー。俺は、今日はパンク修理だよっ。誰かが道にまきびしまいててさぁ。困っちゃうよね～」
「まきびし？」
　異常事態の気配に、刀は眉をひそめた。
「まきびしって忍者の使うあれですか？神魂の影響か、もれいびか……後で旧市街を見回ろう」
「ところで、刀くんは何しに来たの？」
「俺は、自転車が欲しくて」
「へえ、刀くん自転車もってないの、意外～！」
「中学は自転車通学だったんですけどね」
　刀は微笑んで続ける。
「学校指定の自転車でギアチェンジとかもなくて、必死で漕いで突っ走ったのを覚えてます。でも、移り変わる風景とか、頬に当たる風とかが気持ちいいんですよね。自転車に乗らなくなると、余計強く思います」
「うんうん、わかるヨー、めっちゃわかる！そうねぇ、これなんていいんじゃないの？」
　武道が指さしたのは、サドルの高い、シンプルでシャープなデザインの自転車だ。
「ニーチャンの自転車があーいうのなんだよね、トラックなんとか」
「トラックレーサーですね。確かにかっこいいです」
「ううん、でもあんなスリムなのもいいけど、ギアたくさんついてるのも捨てがたい！いかにも丈夫そうなMTBもなかなか……」
　ちょっとはしゃぎすぎたところで、武道はバイトの悟に声を掛けられる。
「新しい自転車、ご検討中ですか？これなら今安いですよ、イチキュッパでご提供できます」
　悟が指さしたのは、ブランドのロゴが入ったスポーティーなロードレーサーだった。
「お、安い！ 19800円でしょ！買っちゃおっかな！」
「あ、いえ……桁が一個違います」
　空気が固まる。
「ア、ハイスンマセン、オカネナイデス……」
　小さくなって謝る武道と、横で苦笑する刀。でも、内心では、今度買い替える時はこの系統の自転車も候補に入れよう、とも考えているのだった。