チャリンコのお悩み、解決します｜リアクション

チャリンコのお悩み、解決します

　九月、程よい気候のとある休日。
　奈良橋博美は、自転車を押しながら昼下がりの旧市街を歩いていた。先日、箱根まで自転車に乗って行ってみたはいいが、酷使が過ぎたのかパンクしてしまったのだ。
「まいったね～。でも、こいつもそろそろ整備の時期だし、ちょうどいいかもな」
　目的地は、旧市街のサイクルショップ『CutBiCycle』だ。常連さんからは、「かっとびさいくる」とか「かっとばしっくる」などと呼ばれている。たまに「鎌買い猫」と呼ぶ人もいるそうだ。その心は、店名をもじると『Cat Buy Sickle』になるからなんだとか。
　でも、今日はなんだか町の様子が変な気がする。博美があたりを見渡すと、すぐ違和感の正体に気付いた。普通に自転車に乗っていい道なのに、なぜか困り顔で自転車を押して歩いている人が妙に多いのだ。
「なんでまきびしが道の真ん中に？」
　近くでママチャリを押していた女の子がぼやく。
「まきびし？何のことだ？」
　耳慣れない単語に、博美は思わずその子に声をかけた。その少女、篠原翠響が答える。
「図書館に本を返しに行ったら、帰り道にまきびしが落ちてたの。それで両輪パンク。あやうくコケるとこだったわ。なんで道にまきびしがばらまかれてるの？」
「誰がそんなことを……」
　博美は首をかしげる。忍者のいた戦国時代なら仕方ないだろうが、現代でそんな罠にはあまりお目にかかりたくない。翠響はこのおかしな状況に困惑している模様だ。
「これじゃ家に帰れないよ……自転車屋、どこかにないかな」
　あたりをきょろきょろ見回す翠響に、博美は言った。
「ちょうどいいや、オレも自転車屋に用があるんだ！『かっとびさいくる』に案内するよ」
「あなたもまきびしでパンクしたの？」
「いや、俺は箱根まで遠出した時パンクしちゃって……自力で直そうとしたけど、うまくいかなかったからプロに頼もうと思ってさ」
　二人は、連れだって『Cut Bi Cycle』に向かっていった。

　白石妙子は、乗りなれていない自転車を引っ張り出してきた。苦手な自転車の練習をしようと思い立ったのだ。
　妙子には小学生の息子がいる。子供会役員なのもあって、子供たちがルールを守らずスピードを出して自転車を走らせているのを前々から気にしていた。
「学校ででも自転車教室をやってもらえないかしら。私は自分で教えられるほど詳しくないので……」
　その辺は他力本願だ。でも、自転車に乗れたら便利だろうということで、自分も練習をしてみようと思ったのである。
　自転車にまたがり、そっとこぎ始める。うまく走れそうだ、と思った矢先―――
　パン、と不穏な音がして自転車は止まった。
「なにかしら、これ……」
　妙子は自転車をパンクさせた「犯人」を拾い上げる。
「これは、まきびしですね。今日はなぜかこれが路上にばらまかれてる」
　声のした方向には、赤いロードレーサーを押している少年がいた。八神修だ。
「自転車で遠出しようと思ったら、俺の自転車もパンクしてしまいました。せっかく軽量タイプのエアロホイールに変えたところだっていうのに」
　修はこのごろ、なるべく車ではなく自転車で通学をするようにしているので、自転車のトラブルは困るのだ。
「自転車の事故でも、一歩間違うと車に巻き込まれて命に関わりますから。ばらまいた犯人には猛省をうながしたいところです」
「そうね……でも先に自転車を直してもらったらどうかしら」
「そうですね。車も呼べますが、さっき自転車屋の看板が見えたので、ひとまずそこに行きましょう」

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