チャリンコのお悩み、解決します｜リアクション

チャリンコのお悩み、解決します

　旧市街を散歩していた旅鴉月詠の注意は、先ほどからずっと道路に向けられていた。原因は言うまでもなく、誰かがばらまいたまきびしだ。
「誰が、何の目的で……。とにかく、危ないのは間違いないから拾っておこう」
　異常事態にも、月詠は冷静だった。ここは寝子島、たまにはこんな日もあるんだろう。彼女は小柄な体をかがめ、まきびしを拾い始めた。思ったより広範囲にまいてある。月詠が夢中になって拾っていると、何やらにぎやかな建物の前に行き着いた。看板には『CutBiCycle』とある。
「ふむ、もしかして……」
　月詠はスマホを見て、ねこったーを見てみる。
《なんか道にとがったもの落ちてて、自転車パンクしちゃった》
《これ、商店街の陰謀だったりして(笑)》
　事態はすでにねこったーの中でネタと化していた。
１．忍者と結託してまきびしをまく
２．自転車がパンクする
３．自転車屋に持っていく
４．修理する間の待ち時間で商店街に行く
５．桶屋が……もとい商店街が儲かる
　と、いうわけだ。別にそんな陰謀論、信じはしない。それより、彼女の興味はいつになく盛況な自転車屋の中に移っていた。
「よう、旅鴉。お前も自転車を買うのか？」
　見知った顔がいた。自転車屋のすぐ横にある雑談スペースでジュースを飲んでいるのは、御剣刀だった。
「いや、私は自転車には乗らないが、盛況らしいので覗いてみた。君は？」
「俺は、お金も貯まってきたし自転車を見ようと思ってな」
「君が自転車を持っていなかったとは意外だね」
「ああ、中学までは自転車通学だったけど、今は違う。足腰を鍛えられると思って、どこでも徒歩で移動する習慣なんだ。だけど、やっぱり乗り物があったほうが便利だからな。バイトになれてきたおかげで、以前に比べて懐に余裕が出てきたこともある」
「確かにその通りだね。それで、どういうのを買うんだい」
「ひとまず、今日はどういうものがあるか見に来たよ。今日はなぜか混んでるから、ジュース飲んで待ってたら旅鴉が来た、ていうわけさ」
　雑談スペースのベンチでとりとめもなく会話を交わす二人。しかし、のんびりした時間はすぐ破られた。
「あっ！玲音見っけ！」
　通りのほうで声を上げたのは、ローラーシューズを履いた小学生くらいの女の子。
「いおりちゃん！」
　店先にいた柚瀬玲音は驚く。接客（というよりじゃれつき）につかれて、オレンジジュースを手に雑談スペースに行こうとしていたのだ。
「ヤッホー、玲音！何してんのー？」
　野坂庵は、言葉よりも早くローラーシューズを飛ばして店の前まですべり、その勢いのまま玲音に抱き着いた。
「つーかまーえたっ」
「いおりおねーちゃん！まってちょっと苦しい！きゃはは、くすぐったい！」
　じゃれあう二人に、刀と月詠は一応年長者らしく穏やかに注意しておく。
「元気なのはいいが、今のはちょっと危ないぞ」
「うん、他の人にぶつかって怪我させるかもしれない」
「はーい！」
　庵と玲音は、素直に返事した。

「玲音んちって、自転車屋だったんだ、知らなかった」
　庵が玲音に向かって言う。
「うん、ボクが店番することは少ないけど」
「そうだ！覚えてる？こないだいおりのローラーシューズと、玲音のMTBできょーそーするって約束したよね？玲音のMTB、見せてー！」
「でも、今お店混んでて……」
　玲音は店の中を気にしたが、バイトの悟の声がすぐに聞こえてきた。
「いまは僕一人で大丈夫だよ。お友達を案内してあげな」
「わーい！」
　庵は玲音に先導されて店に入っていった。
「うわ、すごいいっぱいじゃん！」
　お客と、陳列されている自転車と両方を指して言っている。庵は普段自転車に乗らないので、好奇心で目が輝いている。
「これちっちゃくてかわいー！そっちはなんか大きくてかっこいい！」
　店の中が、いっそうにぎやかになった。

このページにイラストを設定する