帰って下さい冬将軍！｜リアクション

帰って下さい冬将軍！

■
「さて、冬将軍とやらはどこにいるのでしょう」
　猫屋敷姫は雪の中、辺りを見回して呟いた。
　姫の屋敷は、苗字が示す通り猫屋敷である。特に冬場は、住処のない猫達が集まってくる。毎年のことで備えはあるとはいえ、こう早く冬がきてしまっては備蓄が尽きてしまうかもしれない――などと、適当な理由をつけて姫はコートに着替えて外に出たのだった。
　軒下を覗くと、雪を避けてきたのだろう、猫が身を寄せ合っていた。姫は肩を竦めて歩き出す。目指すは冬将軍、いずれ見つかるだろうと姫は足の向くままに歩き出した。

「ええと、あと……あ、映画村もありますよ」
　魚市場への道を進みながら、理紗子は九夜山の方を指差す。後でそちらに案内してみてもいいかもしれない、と胸中で思いながら。自分も訪れたことがないから、新鮮な気持ちで楽しむことが出来るだろう。
　徐々に潮の香りが強くなる。雪のせいだろうか、市場にはあまり人気がない。
「ここが市場です。何を食べましょうか……結構、色々なものがあるみたいですね」
　海から吹きつける潮風は体温を奪う。風から身を守るように体をちぢこませながら、理紗子は辺りを見回した。
　港で獲れた魚介類をそのまま販売している店、網焼きにして出している店、海鮮丼を提供している店――様々な種類があるようだ。
「……あなたが冬将軍なんです？」
　冬将軍が振り返ると、小さな少女の姿があった。二つに結った髪を揺らしながら、じっと冬将軍を見上げている。
「そうだが……お嬢ちゃんは？」
「私は猫屋敷姫です。この雪は、あなたが降らせているのでしょう？　まだ冬が来るには早すぎ不自然すぎです。このままでは、我が家の猫用備蓄が無くなってしまうのです」
　両の目で冬将軍を見据えながら、姫は言葉を紡いでいく。
「……なら、私と一緒に案内をするというのはどうかしら。冬将軍さんが構わなければ、ですが……」
　言葉が途切れたところで、理紗子が声を掛けた。恐らく、少女の目的は自分と同じなのだろう。
ならば共に行動した方が早いはずだと、冬将軍を横目で窺い見ながら提案をする。
「儂は構わないよ。連れは多い方が良い。その土地の人々との出会いも旅の醍醐味の一つだ」
「そうですね。ただし、一つ約束をしてほしいのです。満足したら、必ず帰って頂けると」
　冬将軍に向けて、立てた人差し指を突き出す姫。可愛らしい姿に冬将軍の頬が緩む。
「もちろん。約束は必ず守ろう」
「……分かりました。それでは、寝子島在住民族が一つ、猫屋敷家次期当主たる私が懇切丁寧にご案内致しましょう。まずは、腹ごしらえでしょうか。見ての通り、色々なものがありますが……何が食べたいですか？」
　姫は、理紗子と冬将軍を見て首を傾げた。

■
　動いていると寒さは気にならないものだ。タカシは、一人黙々と平型スコップを動かしていた。
　雪を掬っては、一所に集めて積んでいく。それを何度も繰り返し、自分の身長と同じ程度の高さになったところで、タカシは一息ついた。
（もう少し、かな）
　せっかく作るのだから寛げるような広さにしたいと、積みあがった雪を見て完成図を思い描く。小柄な方ではあるが、もう少し高さがあった方が広々と使えるだろうと雪を放り投げるようにしてもう一掬い。
　どさりと落ちた雪を見て、少しだけ背伸びをしながら平型スコップの背で雪を叩く。
　まだまだ、作業は終わりそうにない。

このページにイラストを設定する