【ワニさんのポテンシャル】

「にししっ、わにさん捕まえたぜ～！」
　ワニさんを発見するなり、猛獣のように飛びついた野坂 庵が、ガッツポーズをとった。
　小さいワニさんたちは、とても愛くるしい。
「やっぱり、人を食べるようには見えないよな～？　こーんなにかわいーんだもんな～！」
　ぎゅーっとワニさんを抱きしめて、浜辺でワニさんたちと遊び出す。
「寝そべって、砂をかぶせていくとおもしろいんだぜ－。こんもりとな～」
　砂遊びをしたり、水をかけたり、しばらく無邪気に遊んでいたが、すっかり油断していた庵の服を、いつの間にか近づいていたハートのワニさんがはむはむしていた。
「……ん！？」
　ハートのワニさんの口の中で、衣服が破けていくのを見て、庵は悲鳴をあげた。
「んぎゃー！　いおりのお気に入りの服っ、なにすんだよ、ばかばかばかー！！」
　ぶんぶん腕を振り回すうち、ぽこっと拳が星のワニさんに当たってしまった。
　頭頂部を殴られた星のワニさんの口から、ぼっと熱風が吹き出す。
「あつっ！　わっ、こっち向くな！　お前、熱いっ！　くぅ～っ、やっぱりわにさん、強いのかー！」
　慌てて逃げ出す庵を、星のワニさんが追いかける。
　新しい遊びだと勘違いしたワニさんたちも、庵をぞろぞろ追いかけた。
　ぎゃーぎゃーわめきながら駆けていく庵の後ろを、ワニさんが楽しそうについていく。
「逃げてると思うだろー！？　だがしかーしっ！」
　人目のなさそうな木陰に着くなり、庵はくるりと反転してワニさんと向き直り、「いっくぜー！」と、叫んだ。
　庵のろっこん『ポッピング★グラビティ』が発動し、彼女はにやりと笑ってみせる。
「覚悟はいいかー！？　そーれっ、暴れん坊には、こうだ～っ」
　ぴょんと飛び上がると、庵はワニさんの上に飛び乗った。
　同時に、どすんと重力を操作し、上からワニさんを押しつぶす。
「ふっふ～ん、どーだ、まいったか！　降参するって言ってみろ～！」
　そうしたら仲間にしてやると言う庵の下で、ワニさんは「がぶぅ～……」とうめく。
「重いだろ－、つらいだろー。まいったって言えば、いおりの子分にしてやるからな！」

　少し離れた浜辺では、酒浸 朱蘭がワニさんを見て笑い声をあげていた。
「あっはは、こんなにいると見応えがあるなぁ……！　よっしゃ、こんなときには宴会しようぜ！」
　小さいワニさんが異常発生していると噂を聞きつけやって来たのだが、想像以上に海岸はワニさんだらけだ。
　気分も高揚し、飲んで騒いでみたくなる。
　飲み物各種とつまみを並べ、朱蘭はカップにそそいだ液体をぐいと飲みほした。
「ぷはーっ。あー、海で飲むコレはうまいなぁ～」
　そそいでは飲み、ぐぐいっと飲み、手酌でぐんぐん酒杯が進む。
　いや、グラスの中身は酒ではないのだが、朱蘭のろっこん『似非バッカスの施し』が発動していれば、酩酊感を味わうのも簡単だ。
「まあまあ、せっかくだから、そこのワニも飲めよ～」
　早くも顔を紅潮させて、朱蘭は近くを通るワニさんにも人間さんにも、飲み物をふるまう。
　周囲には次第に陽気な空気が流れ、ささいなことでやんやと喝采が上がるようになった。

　そこへ、従えたワニさんたちに乗っかって、庵が鼻歌まじりに現れた。
　ワニさんたちには負担がかからないよう、自重はうんと軽くしてある。
「どらごんらいだー結成だー♪　いけーっ、どらごん！　どらごんらいだーのお通りだー♪」
　手荷物カラーバットで目についた木材をぽかぽか打ちながら、庵はげらげら笑っている。
　元気な小学生の登場に、宴会場はわっと沸いた。
「なんだい、粋な真似してるじゃねぇか。ドラゴンライダーだか何だか知らんが、いけいけ、景気よくやっちまえー！」
　朱蘭が煽ると、皆に認められたのが嬉しかったのか、庵はますます調子づいた。
「わかった！　景気よく、ばーんと行くぜ－！　それ、わにさんども、出動だー！」
　拍手喝采の宴会ムードに後押しされて、庵はいっそう激しくカラーバットを振り回し、ワニさんとともに走り去っていった。

　宴会場のほど近く、引き網漁目当てで海岸を訪れた握 利平は、仰天していた。
　仕掛けていた網を引き揚げに来た浜辺では、ワニさんが大量発生していたのだ。
「寝子島にワニなんていねえ！　……の、はずだったんだがなぁ」
　ワニさんとたわむれる人々の笑顔を何気なく見ていると、視線の先で、ワニさんにエサをやろうとしていた女の子が、噛みつかれたようだった。
「あっ」
　危ないのではないかと声をもらした利平は、ごしごしと目をこする。
「服が破けた……。あ、また……。いや、まただと！？」
　一体この浜辺で、何が起こっているのか。
　水着の季節は過ぎてしまったというのに、女の子のおへそがちらりと覗いてしまっている。
「もしかして、あいつら……！」
　服だけ狙って噛みちぎるようなけしからんワニさんなのではと、利平は胸を震わせた。
　興奮渦巻く利平の耳に、にぎやかな宴会の声が届く。

「ほれほれ、ワニもどんどん飲んで飲んで！」
　朱蘭が勧める水を飲んだワニさんの目つきが、怪しくピンクのハート型になっていく。
　どれほど飲んだのだろう。
「わにー」
「にーにー」
「がぶぅー」
　と、かわいく鳴いていたはずのワニさんも、酔いが回ったのか、
「ばにー」
「にんにんー」
「がばぁぶーん……」
　と、呂律が回らなくなってきている。
「こっちのワニはハートだろ、こっちは星形……、こんなワニもいるもんなんだなぁ」
　ご機嫌で酒杯をあおる朱蘭の足に、よろめきながら、ハートのワニさんががぶりと食いつく。
「がぶぅ～ん、にに～っん……」
「こらこら、囓るんじゃねーよー」
　痛みはないのか、低く笑いながら朱蘭がワニさんを小突いた。
　その現場を目撃してしまった利平に、衝撃が走る。
「……やっぱり！　やつらはすばらし……っ、いやいや、けしからん破廉恥ワニさんだったんだ！！」
　朱蘭のあらわになったふとももに、利平の目は釘付けになり、ふらふらと吸い寄せられていく。
「おおぉ……、足……、生足……っ」
「ん？　おー、こっちこっち、まあ一献、飲め飲めー」
　鼻息荒く近寄ってくる利平に、朱蘭はにこやかに杯を勧めた。
　ぐいっとジュース（仮）をあおった利平は、涙ぐんで朱蘭に握手を求める。
「俺は感動した！　秋の砂浜で出会った魅惑のチラリズム！　夢と希望をありがとう！」
「おぉ？　なんだそりゃ、ま、いーか。ほーれ、どんどん飲んで楽しもうぜ！」
「ありがとう。しかし俺には為すべきことがある……！」
　利平は酩酊中のハートのワニさんを抱き上げると、「このワニには教育が必要だ！」と叫び、陽気に盛り上がる人々に別れを告げた。
「俺は、俺は……、夢を叶える……！」
　己の探求心を満たすと宣言した利平に、人々は温かい拍手を送った。
「なんか知らんが、がんばれよー」
　小躍りしながら、利平はしっかりとワニさんを抱きしめ、駆けだした。
「とりあえず、魚でも食うか？　よーしよし、俺たちきっと、わかり合えると思うんだ」
　利平はワニさんを手懐けようと決意した。そう、エロリストの星となるために。

「エロいですかー！」
　しばらくして、そんな奇声を発する男に、庵は出会った。
「何だお前！　敵か！？　敵だな！」
　ワニさんに乗って砂浜を駆ける庵の背後から、利平が声をかけたのだ。
「よーし、どらごんらいだー、ひとまず逃げるぞ！　逃げて、敵が油断したところで反撃だー！」
　スピードを上げて遠ざかる庵の背中で、ポニーテールが揺れている。
「さらさらの髪の毛……！　その奥に垣間見える首筋！　うおおおぉ……っ」
「むっふっふ～、どらごんらいだーに挑むなんて、命知らずなやつだぜ～！」
　次の岩場を回り込んで、横から隙をつこうと考える庵の後ろで、高笑いが響いた。
「ハーッハッハッ、襲い掛かれワニたち！　本能のままに目の前の布地を食い千切るのだ……！」
　利平のろっこん『にぎりっぺ』が炸裂して、砂に潜って待ち伏せをしていたワニさんたちが、庵めがけて飛んできた。
「うわっ」
　同時に、重力を操作していた庵も、突然の風圧に負けて、吹っ飛んでいく。
「うわぁ～！　覚えてろ～！　どらごんらいだーはこんなことでくじけないんだからなぁ～っ」
　ぴゅーんと飛ばされる庵を、利平もまた呆然と見送っていた。
「ああ……、女の子が……、俺の夢があぁ……！」
　がくりとうなだれつつも、利平はくじけなかった。
「次は、負けねぇ！」