桜の花の舞うところ｜リアクション

桜の花の舞うところ

○　帰ってきたさんま

「腹が減ったな。今日はサンマ定食か」
　荒海藤吾は、勉強を終えて、夕食を食べるために食堂に向かった。
　何かいつもと違うな？　と違和感を感じつつ、その正体には気づかないまま注文する。
「サンマ定食一つ」
（秋のサンマは脂がのっててうまいからな。他の奴らがサンマがないとか言ってるけど、なにかあったのか？）
　定食をもらい、座る席を探していると志波拓郎の姿を見つけた。
　サンマ定食ではなく、アスパラのベーコン巻きにグラタンを食べ始めたところのようだ。
（あんなメニューあったのか？　……そういえば、七夕の件は言い過ぎたな。あの後全然会う機会もなかったし……この機会に謝っておくか）
（あれ、荒海さん……こっち来る？）
　不良に間違われるほど目つきが悪い藤吾に視線を向けられ、少しだけ緊張する拓郎。
「ここ、いいか？」
「あ……うん、どうぞ」
　藤吾は拓郎の向かい側に座った。
（……なんか気まずい……）
　七夕の夜、拓郎は彼女と共に空から急降下し、あわやというところを藤吾に助けられた。
『……ちゃんと守ってやれよ』
　そのときの藤吾の刺々しい口調を思い出す拓郎。
　だが、気まずいのは藤吾も同じだった。
「七夕の時は言い過ぎて悪かった。もう少し言葉を考えるべきだった」
　謝られて、拓郎の顔がぱっと明るくなった。
「あ……気にしてないよ、うん」
「そうか……」　
　少しだけほっとする藤吾。
「彼女は俺にとって大切な幼馴染だ。あいつが悲しむ顔は見たくねぇんだよ」
（前までは初恋の相手だったが……今は大切な幼馴染だ。多分、志波が怪我とかしたらあいつが悲しむだろう）
　と藤吾は思う。
「無理は承知でお願いする。あんたも傷つかないように、あいつを守ってやってくれ」
　思いがけない言葉に、拓郎の気持ちが温かくなる。
（彼女の幼馴染……か。どういう心境なんだろう。『自分も傷つかない様に』……か）
「その言葉、そっちにも……返すよ」
　そう言って拓郎は頷き、微笑んだ。
（これで色々チャラかな）
　拓郎が頷くのを見て、藤吾も頷いた。
（あいつは大切にされてるんだな）
　肩の力が抜けた拓郎は、部屋から持ってきた海苔のことを思い出し、藤吾に差し出した。
「あ、これ……焼き海苔、よかったら、おすそ分け……」
「……ありがとう」
　

「犯人、結局見つからなかったであります……」
　ちょっとしょぼーんとしつつ杏子たちが戻ってきた。
「……なんだか花の香りがします」
　ナタリアがつぶやいたとき。
「まあ、さんまが戻ってきているわ！」
　そのとき、食堂にトシコさんの声が響き渡った。
「なんですと！」
「いつの間に……」　
　事情を知る者たちが駆け寄る。
　サンマは汚れてもいなかったし、鮮度が落ちている様子もなかった。

　部屋から戻ってきた七瀬は、散歩友達の東城六を見かけて声をかけた。
「あ、六。一緒にご飯食べませんか？」
「あ、倉前くん……いいの？」
「もちろん。ご飯は、大勢で食べたほうがおいしいですもんねえ」

　
「やっぱりフローラルな香りっていいな」
　さんま定食を頼んだ瑠奈は、窓の近くの席についた。
「あれ、さっきの雲が……？」
　たくさん空を泳いでいたさんま型の雲が、今はもう一つも見えなかった。

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あとがき

担当マスター：天村花海
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ご参加ありがとうございました。
いちおう「推理・サスペンス」のジャンルを選びましたが、サスペンスになってなくてすみません……
お見込みのとおり神魂の影響によるものでしたので、一時的な現象でした。
秋空を泳いだサンマはさらに美味しくなっていたかもしれません。

それでは、また次回もよろしくお願いいたします。

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