オトナたちの一日｜リアクション

オトナたちの一日

★日曜日編

約束の時刻は夜明け前。
港に到着すると、新井いたごは磯のにおいを胸いっぱいに吸い込み大きく伸びをした。隣には妻の新井なぎさが立っている。
「あの子に店を任せて大丈夫かしら……」
不安そうに店の方角を見る妻の頭にぽんと手を置き、いたごは
「まあ、信じてやろうや。親が信じないんじゃ、あいつもやる気なくしちまうだろうしよ」
と、晴れやかな笑顔を見せた。
「ん、そうね。あの子、しっかりしたところもあるものね。うん」
応えるように妻が小さく微笑む。
どうやら、本日は息子が１日店長のようだ。
いたごとなぎさは魚新という鮮魚店を営んでいる。いつもは店先で働いているふたりだが、訳あって本日はふたりで漁船に乗ることになっていた。
「お。なぎさ、あの人がやつの婚約者みたいだぞ」
「綺麗な人じゃない。漁師さん、張り切りすぎて怪我をしなければいいけど」
本日は魚新の馴染みの漁師が婚約者を乗せて船に乗るのだ。自分の仕事を知ってもらうためである。漁師の仕事は危険と隣り合わせだ。今回は海も穏やかで危険はないが、長く連れ添う相手だからこそ知ってもらう必要がある。
「……ってぇ、あいつの気持ちはボクも男だ。よくわかる。でも、実際仕事の邪魔しないようじっと見てろって言うのも酷だからな」
「その辺のサポートをするのが私たちなのね」
「ああ。加えて、メオトビギナーのあいつらにおしどり夫婦の素晴らしさを見せつけるイージーミッションも――」
「はいはい」
「あ、なぎさ！　いつの間にそんな遠くに！　……ほら、手」
「ありがとう。ふふ」
なぎさはいたごの手を借りて船に乗る。働く男の手は少し荒れており、ギターダコも出来ていて、なぎさが自分の手の次によく知っている大きな手だった。
「いたごさん、奥さん。今日はよろしくお願いします！」
若い漁師が大きな声で挨拶をする。婚約者を交えて自己紹介をした後、船は港を離れた。いたごと漁師は網を仕掛ける。女性陣が釣竿に集中してこちらを見ていないのを確認すると、いたごが漁師に小声で話しかける。
「あのコ、よさそうなコじゃないか」
「へへ、ありがとうございます。高校の同級生で」
「へえ。いいねえ。幸せな家庭作れよ」
「いたごさんトコ、楽しそうですもんねえ」
「ああ。子供はいいぞ。その前に結婚式だよな。仲人は任せとけ」
「はい！　あ、そろそろ網引きましょうか」
「おう！」
網を引く。イカ、タコ、カニ……。
様々な海の幸が甲板に所狭しと積みあがった。大漁である。
「あら、すごいじゃない」
なぎさが婚約者と共に応援に駆けつける。
「っとと……やっぱり揺れるわね。やっぱり鮮度が違うわ。このタコなんか……って。きゃっ！？」
「なぎさ、なにタコにからまれてるんだ。うまそうなタコだな、こいつで朝食にすっか」
「いたごさん、捌いてくれるんですか！？」
「おう、任しておきな」
いたごが鮮やかな手つきで魚介を捌く。あっという間に豪華な朝食が完成した。
「ほら、なぎさ。口あけろ。あーん」
「もう……ん。おいしい」
「な、うまいだろ」
やがて漁も落ち着き、いたごたちは持参した温かいお茶を飲みながら朝日を眺める。水平線の向こうから現れた明るい色が水面を染めはじめた。いたごとなぎさ。漁師と婚約者がそれぞれ一つの毛布にくるまる。
「なんだか楽しいわね」
なぎさがクスクスと笑う。
「おっと。こういう時はこれだこれ」
いたごはどこからか愛用のギターを取り出し、なぎさを抱きしめながら器用に歌い始めた。なぎさは夫に身を任せ、目を閉じる。歌が終わるまではこのままでいよう。そんなことを思いながら微笑んだ。

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