●鳥類＆その他動物班●


【鳥類エリア】

　対カラス班、第２次空爆を阻止──動物園上空の制空権を、カラス達より奪還。


　そしてこのタイミングをこれまで、じっと息を潜めて、待ち受けていた者がいた。
　サッとその手を挙げて御巫 時子が立ち上がる、
「今です……行きましょう、皆さん！」


　彼女の服の裾をバタバタとはためかせ、その足許から、いっせいに鳥たちが舞い上がる。これまで一体どこに潜んでいたのかと、驚くほどの大群だ。
「ピーーーー！　ピピピッーーー！！」
「ピヨ！　ピーピー、チチッチュン！」
「ピーヒョロ、ピピピピピピ…………」
「グワッグワッ、グワッグワッグワッ」
　これらの鳥は全て、ここまで時子が鳥類エリアを回って、解放してきた鳥たちだ。あの管理事務所でカギを入手して以来、時子は１つずつケージを開けて、彼らに助けに来たことを知らせて回ったのである。
　時子はこの動物園の常連なので、知り合いの鳥も多いし、ここにいる鳥の数はぜんぶ憶えている。１羽もケージ内に残さないように細心の注意を払い、また日暮 ねむるが助けたバードハウスの熱帯鳥も、その後彼女と合流していた。
　そして今、忍耐強く待ち続けた瞬間がついに来た。
　時子はいっせいに空に舞い上がった鳥たちを見上げると、ろっこん【鳥の囀り】の会話能力で、素早く避難の指示を伝えてゆく。




「上空はもう安全です。フラミンゴさんは、ゲートまでの道を先導してあげて下さい……！」


「煙に巻かれないように、コンゴウインコさんは風の向きに常に注意を。
　小鳥さん達は、離れ離れにならないよう、固まって移動して下さいね……」
　時子の言葉に鳥たちはそれぞれの鳴き声で応えると、少しでも体力を温存できるようＶ字型の編隊を作り、いっせいに大移動を開始する。目指すはテオの待つ、時空ゲート。
　そう、時子はずっとこのタイミングを待っていたのだ。
　対カラス班が制空権を確保し、空の避難ルートが安全に使えるようになる、この瞬間を。飛べる鳥たちの利点を活かすため、時子は騒ぐ鳥たちをろっこんで辛抱強く説得し続け、地上でじっと息をひそめて、この時を待ち受けていたのだった。
　そして移動を開始した大集団を上空に見送ると、時子はすぐに残りの鳥たちの方を振り返る。
「飛べない鳥さん、怪我をした皆さんは、私と一緒に地上を進みましょう。
　ダチョウさん、避難ルートはさっきお話した通りです。
　煙を吸わないよう、なるべく首を低くして進んで下さいね……」
　負傷したり落ち着きのない小鳥は、自分の懐に入れたり、肩に止まらせて。１羽もはぐれないように列を作って、自分たちもゲートへの移動を始める。事前の偵察でルートは計画していたので、迷う心配はなかった。
　煙が来たら鳥たちと一緒に姿勢を低くして、柵や看板などを目印に進む。途中で１箇所、燃える倒木が道を塞いでいるハプニングがあったが、時子は落ち着いて消火器を操作し、これを消し止めた。恵御納 夏朝がねこシールで軽くしてくれたおかげで、この長距離を持ち運べたことを感謝する。
「夏朝さん、ありがとうございました……。
　皆さんも、もう少しだけ頑張りましょうね」


　火を見て興奮しだす鳥は優しく触れてなだめ、１羽も落伍しないように時々振り返りながら。そんなふうに時子が鳥たちを先導していると、遅れがちなクジャクがいるのに気が付いた。
　クジャクと言っても勿論、今回の騒ぎを起こした張本人・ヒルズとは全然別の個体だ。その彼（オスだった）に伴走して、
「クジャクさん、大丈夫ですか……？」
　と話し掛けた時子は、あら……と首を傾げた。よく見るとそのクジャクのお尻の羽根が毟られ、所々丸裸になっている。「大変、いつの間にこんな怪我を？」と訊ねる時子に、クジャクがしょんぼり、こう答える。
「ピーコピーコ（これは火事の怪我じゃないよ。昔、ヒルズにやられたのさ）」
「えっ？　昔……？」
「ピーココココ（そうさ。３ヶ月前まであいつも、この動物園で飼われてたんだよ）」
　彼の話によると、ヒルズはこの動物園の出身だとのこと。性格の悪さは当時からで、自分より人気者の動物たちに嫉妬しては、毎日当たり散らしていたのだそうだ。このクジャクの彼も美しい羽根でメスからモテモテだったのに、ある日逆上したヒルズに毟られてしまったらしい。
「それは、ひどい話ですね……」
「ピココピココ（だからほっとしたよ、あいつがこの動物園から逃げ出した時にはね）」
　３ヶ月前、１羽のカラスがヒルズを訪ねてきて、脱走の手引きをしたのだそうだ。もれいび、とか三羽烏にスカウト、とか話していたそうだから、十中八九クローネのことだろう。
「そうだったんですね……」
　ヒルズがこの動物園の出身と知って、時子は考え込んでしまう。それが３ヶ月前の話なら、今さらヒルズやクローネはここに、何をしに来たのだろうか？
　疑問をそのまま口にする時子に、そのクジャクは思い出したように、最後にこう付け加えた。
「ピーコピーコ（そう言えば、あのカラス……去り際に、こんなことも言ってたな。
　もう１羽、使えそうなもれいびが、この動物園にいるのよねぇ……、って）」



【猛獣エリア】



「よし、次は猛獣エリアの動物さん達……待っててね！」


　そして恵御納 夏朝も時子同様、残された動物たちの救助に全力を尽くしていた。
　夏朝の担当は、草食動物エリア、猛獣エリア、水辺エリアのうち、皆の手が行き届かない、その他の動物たちのフォロー。ここまで、すでに草食動物エリアの動物は避難させている。
　草食動物エリアのうち、ヒツジとアルパカは志波 武道と鴻上 彰尋の２人がケアしていたので、残りはキリンと数頭のヤギぐらいだった。ゲートの近くまで誘導もスムーズにでき、夏朝は走ってきた椿 美咲紀に彼らを引き渡すとすぐに、今度は猛獣エリアに取って返したのである。
　このエリアにいる動物は、ライオン、ヒョウ、トラ、ヤマネコ、シンリンオオカミなど。
「ぐるる、ぐるるる……」
「ごめん……少しだけ、我慢してね」
　と管理事務所で入手したカギで、まずはオオカミの檻を開け、警戒している彼らのお腹の毛皮の下に、素早くねこシールを貼っていく。
　このねこシールが、今回の夏朝の救助の切り札だ。キリンなどの重い動物にもこうやってシールを貼って、ろっこんで目一杯その体重を軽くし、避難がスムーズに出来るようにしてあげたのだ。腹部や毛皮の下に貼っているのは、火の粉でシールが燃えないようにする対策だ。
　念のためにと、合間に見つけて寄ったお土産屋さんには、残念ながらねこシールは売っていなかったが、とりあえず普段から持っている分だけで、充分枚数は足りそうだ。
「君は怪我してない？　大丈夫だった？」
　そんなふうに夏朝は動物たちを気遣いながら、ヒョウ、トラ、ヤマネコと次々に、彼らを檻から解放してゆく。煙がひどい場所は、ハンカチで口と鼻を覆って、姿勢を低くしやり過ごす。途中、自力で逃げ出してきたらしいライオンやハイエナ、チスイコウモリモドキにもばったり遭遇したりして、
（あれ、ライオンはともかく……こんな動物、いたかなぁ？）
　と首を傾げながらも、人懐っこくゴロゴロお腹を見せて甘える彼らにも、夏朝は優しくシールを貼ってケアしてあげた。


　そんなふうに、夏朝の方もレスキュー作業は順調に進んでいたのだけれど、ただ彼女には１つ、大きな心配事があった。
　いくらなんでも避難させる動物が多すぎて、彼女１人では、園内にまだいる筈の猫たちまで、手が回らないのだ。猫好きの夏朝には由々しき事態だが、さすがに１人だけでは物理的な限界がある。
「誰か、僕の他にフォローしてくれてる人がいるといいんだけど……」
　管理事務所で会った千鳥 雅人の目撃情報によれば、ゾウの親子の背中には何匹か、猫も乗っていたそうだから、そちらは千鳥たちが何とかしてくれると思うけど。
　でもそれが、園内にいた猫の全てかどうかは、分からなかった。
「どうしよう……？」
　夏朝の内心のもやもやは、晴れない。