ののこがきゃはあ～と笑ったら｜リアクション

ののこがきゃはあ～と笑ったら

【嵐の前にて】

＜マーマンの出立＞
　飛吹勘助はろっこん「Merman」で人魚になり、寝子島の海に飛び込んだ。
　空は霞みがかり日差しは弱い。それは明け方だからという理由だけではないようだ。
（夏が、終わる……）
　海水は冷たかった。冷たければ冷たいほど、勘助にとって海は温かい存在だった。全身を気持ちよく包んでくれる、まるで母親のような感触を抱いている。
（これからは忙しくなって、海に来る機会は少なくなるかも）
　寒いのに海に何度も来るようなら変人扱いされかねない。
（しばらく海とはお別れか……）
　勘助の涙は海に溶け込む。
（……いやだ、離れたくない……このまま、ずっと、一緒に、いたい……！）
　海の中でだけの、最後のわがまま。
　勘助は震えているのを感じた。寒いからではない。悲しいからだ。
（海も、揺れている）
　それは遠くから、勘助との別れを惜しむように。
（……天気が荒れる？）

　空がゴロゴロと鳴っている。じきにここも危なくなるから、早くお行きなさい。母親からそう優しく言われた気がした。

＜２人の変身＞
　佐々寿美礼は憂鬱な気分だった。
「あー夏休みも終わっちゃったし、これから雨っぽいしなー」
　今は晴れているが、西の空はだいぶ暗くなっている。降りだす前に気分転換の散歩と思ったが、尚更気持ちは沈んでいった。
（こうなったら奥の手ね）
　取り出したるはMyメガネ。
（すみれ色メガネー！）
　ジャジャンと一度頭上へかざしてから掛ける。特にこの動きが発動条件というわけではないが、眼鏡装着で寿美礼の性格が変化する。
（あれ、なんかいつもと、違う……ような？）
　若干の違和感を覚えながら、ヘアゴムを外して髪をほどく。抑揚のない冷静な寿美礼になり、気持ちをリセットすることができた。
　目の前から後輩の響タルトがやって来る。
「こんにちは」
　笑顔を作ろうとするがうまくできない。
（響ちゃん、不思議そうな顔してる）
　ポジティブというか、楽観的な素質は変わらないのだった。

（うーん、今のって佐々先輩？　眼鏡して髪ほどいてたし、なんかいつもと雰囲気違ったよーな？）
　同人誌作りの材料を買いに行く途中だったタルト。寿美礼の背中を追いながら首を傾げる。
（まいっか。雨降る前に、急げ急げ）
　若干小走りになるタルトの鼻先にポツンと水滴が落ちる。
（あ）
　途端に辺りの地面が濡れていく。
「ひー降り出しちゃった」
　タルトが異変を感じたのは、雨足が一気に激しくなり、頭上を軽く濡らしたときだ。
（む、これは）
　予感し、一目のつかない影に隠れる。身を低くしたときにはもうチェシャ猫に変身していた。
（今まではこのくらいの水の量じゃ変身しなかったのにー）
　しかも頭が濡れただけで猫化してしまった。
（このくらい激しい雨だと猫になっちゃうのね〜）
　これはちょっと便利になったかも。木の下で雨宿りしながら、のん気にそんなことを考える。
（お買い物はまた今度にして、雨を避けつつ帰りますかあ）