宵待ちに耽る｜リアクション

宵待ちに耽る

▽ヨイノソラ

　望月神無がぼんやりと窓の外を眺めていたら、いつの間にか赤から蒼、黒に景色が変わっていた
　それに気がついたのは、まるでそのことを神無に伝えたいとでも言うように、ひゅぅーっと風が吹いたから。
　風がひとつにまとめた神無の髪を揺らす。
（……いい風だな）
　そしてその風に抱き寄せられるように、神無は家の外へ出た。もちろん姉夫婦に声を掛けるのは忘れずに。

　そうして家を飛び出した神無が向かったのは、近くの公園。
　もちろん、用事があったわけではなかった。
　自動販売機で、ホットココアを買ってから、公園の――ブランコに座った。少しばかり窮屈だったが、柔らかい風に巻かれて揺られていると、自然と空が視界に入った。
　その空を眺めて、薄黄色の月を見つめて、思い浮かぶのはひとりの男性だった。
（最初は、ただ、年上で頼りになる人ってだけだったな）
　一回りも年上の彼は、寝不足なのかいつも少し疲れた顔をしていた。
　縁があるのか、そんな顔を繰り返し見る機会があった。
　そして繰り返す度に、もう少し一緒にいたいという気持ちが神無の中で膨らんでいく。
　その感情は甘ったるいチョコレートと同じくらい、神無を侵食していく。
（これが、恋なんだろうな）
　神無は感情の名前がわからないというほど、初心でも無知でもなかった。
　ただし、その感情を伝えられるかどうかは別である。
（……片思いには慣れてる）
　今までだって、思いを告げずにひとりで終わらせてきた。そして終わらせればそれで済んでいった。
（その上、相手は三十そこそこ。でこっちは十代……一回り離れた女子高生に告白されても、あの人を困らせるだけだ）
　そう、神無は思っていた。
　だが、今回はそう単純には終わってくれなかったのだ。
　なにしろ、相手も神無と同じ気持ちだったから。
（……どうすりゃいいんだ？）
　気持ちの殺し方は知っていても、思いに応えるすべを神無は知らない。
　嬉しいと喜ぶだけで済まないことだけは、なぜか口の中が苦くなるほど理解しているのに。
「俺は、なんて言えば……」
　空に答えを求め――そんなことは無駄だと悟り、神無は目を閉じる。
　瞼の裏に浮かんだのはあの人の笑顔だった。
　少し癖のあるショートヘア。眠気でくすんで見える緑瞳。その目の下のクマ。
（……クマまでくっきり浮かんでくるな）
　神無は苦笑しながら、それでも彼の顔が鮮明に浮かんできた。
　その、どれもが愛しい。
（……俺は、）
　瞼の裏の彼の隣に、神無自身が浮かび上がる。
　ふたりは、揃って笑っていた。
　その姿を見て、神無は頷く。
（そう。俺は、この先もずっと、あの人の隣で、一緒に笑いたいんだ）
　ならば、答えはひとつだ。
（俺は……）
　神無は瞼を持ち上げ、ポケットに手を突っ込む。
　そしてポケットの中の物を取り出した。
「もしもし、俺です」
　相手はもちろん、両思いの、けれどいまだに結ばれていないあの人。
　彼に、今度、会って欲しいという旨を伝えた。
（電話越しじゃなくて直接伝えるんだ）
　目的ももちろん、決まっている。
「じゃあ」
　そうして電話を切ると、ふと月と目が合ったような気がする。
　今の顔は――たとえ月でも見られたくなかった。
　そう思って、神無はさっと俯く。
　俯いた先には、花が咲いている。
　黄色――というよりはくすんだ橙色をした、小さな花だ。
「……あんたも、月を見てたのか」
　なんでそんな風に思ったのかは、神無自身もわからない。けれど口をついた言葉は疑問ではなかった。
『そうなんだ』
　不思議な声が聞こえた気がした。
『がんばって』
　この島で暮らしていて、不思議には慣れている。
「――ああ」
　神無は頷いて、家路についた。

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