寝子島少年探偵にゃん！｜リアクション

寝子島少年探偵にゃん！

（何で猫が川を泳ぐんだ？）
　黒猫を見つけて追いかけていた勘助は、自分の目を疑った。
　猫は、基本的に水が嫌いなんじゃなかったのか。
　だがしかし、勘助に追いつかれそうになった黒猫は悠々綽々と川を泳いで渡っている。
（ろっこんを使うか？　でも……）
　気温はまだまだ高く、そして周囲には人目も多い。
　ろっこんをつかったら騒ぎになりかねないし、この気温ではろっこんのマイナス効果で倒れてしまうかもしれない。
（あの橋を使うか）
　少し離れているものの、ろっこんを使うよりは安全そうだった。
　勘助は黒猫から目を離さずに橋に走ると、そのまま一気に渡りきる。
（……ん？）
　黒猫もだが、勘助はとある少年に目を奪われた。
　涙目でうつむいて歩く、祐司だ。
　その足元は上履きで、勘助は放っておけなかった。
「……あ、あの。君、どうかしたかい……？」
　びくびく、おどおど。
　相手が明らかに年下でも、勘助は挙動不審になってしまう。
　とっても、相手を心配しているのに。
　祐司は、自分の二倍はありそうに思える背の高い勘助を、不安気に見つめ返す。
「も、もふもふ、撫でるかい……？」
　いつも持ち歩いているアンゴラウサギのぬいぐるみ、もふもふを、勘助は祐司にそっと差し出してみる。
「知らないおじさんに、ついて行っちゃ駄目だって」
　祐司は疑いの眼を勘助にむけ、じりじりと後ずさる。
「お、おじさんじゃ、ないんだ……まだ、高校生で……」
　高校生でも小学生の祐司から見れば十分おじさんの範疇に入ってしまうのだが、常日頃３０代と間違われている勘助は、必死で誤解を解こうと試みる。
　だが疑り深い祐司は、どんどんどんどん、後ずさる。
　そして――。
「……あぶないっ！」
「ぅあっ？！」
　下がりすぎて、川へ落ちかける祐司。
　とっさに手を伸ばし、祐司をつかむ勘助。　
　長い手足が功を奏し、重力に逆らって祐司をそのたくましい腕の中に守りきる。
　はぁはぁと、肩で息をする二人。
　一瞬の出来事だったのに、妙に、二人の距離が縮まった。
「だ、大丈夫かい……？」
「うん」
　頷く祐司に、ほっと胸をなでおろす勘助。
「その……驚かせて……ごめん……君の靴が……気になってね……」
　たどたどしく言葉をつむぐ勘助に、祐司はふるふると首を振る。
「靴がさ、無くなっちゃったんだよ」
「やっぱり……そうなんだね……」
「やっぱり？」
「最近……寝子島で……猫が子供靴を……もって行ってしまうようになってね……俺の友達も……盗られてしまって……探してるんだ……」
　その言葉を聴いた瞬間、祐司はどっと涙が溢れた。
「ど、どうしたんだい……？　どこか、ぶつけた……？」
　突然泣き出した祐司に、慌てふためく勘助。
　ぶんぶんと大きく首をふって、祐司は心の底からほっとしていた。
（良かった、誰かに盗まれたんじゃ、なかったんだ。また嫌がらせされたんじゃなかったんだ……っ！）
　父さんが買った靴が無くなったのもショックだった。
　そして、またしてもイジメの標的にされたのかと苦しかった。
　けれど違ったのだ。
　犯人は、猫。
「あっ」
「あぁっ？」
　噂の黒猫が、なぜか逃げずにそこにいた。
　口にはもちろん靴をくわえている。
　二人を案内するかのように、黒猫は再び逃げてゆく。
「背中に……乗って……」
　祐司の前に屈み、勘助は促す。
　こくりと頷いて、祐司は勘助の背に身を預けた。
「しっかり……捕まっているんだ……」
　手をつないで走るより、こっちのほうが断然早いのだ。
　祐司がしっかり捕まったのを確認して、勘助は走り出した。　