ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

「来たか……来てしまったか……」

　志波武道は誰ともなくそう呟いた。

「どこに来たの？」

「お、おいでなすった！」

「ふふ、お兄ちゃん面白い！　ぴぽ面白い人すきなの！　お兄ちゃんがぴぽの探し物手伝ってくれたら楽しそう」

「勿論探しますとも☆」

　持前のキャラクターで子供心を掴んだ武道は、そのまま女子トイレに乗りこんでゆく。

「いやー、ずっとトイレ我慢してたんだよー」

「ここ女子トイレだよー！　えっちだ！　えっち！」

　ぴぽはころころ笑いながら武道のシャツを引っ張る。その相手をしながら、トイレの用具室をあけた瞬間……。

「ぎゃー！　赤い水が！」

　用具室内にある底の深い洗面台に、なみなみと赤い水が溜まっている。武道は急いで底を抜き、水を流した。

「ぎゃーだって！　あはははは」

　ぴぽはテンションがハイなせいでそれほど怖くなかったようだ。武道はほっとしながら、用具室の中で当番表の紙と鉛筆、ゴム手袋とスッポンを手に入れた。

「どう？　かっこいい？」

「変！　面白い！」

　ゴム手とスッポンを装着した武道もお気に召したようだ。そのままの格好で、ふたりは三番目のトイレに立った。

「ぴぽちゃん知ってる？　トイレの花子さん」

「うん、絵本で見た」

「三番目のトイレをね、三回ノックすると出てきちゃうかも」

　武道は心の中で念じながら静かに三回ノックした。
（頼む花子さん。できれば優しくヒントを下さい！）
　しかし、いくら経っても何も起きる気配がない。

「出てこないよ？」

「……まあ、花子さんも暇じゃないんだきっと！」

　開き直ってドアを開け放し、中を探索してみたが、何の変哲もない洋式トイレだった。

「お兄ちゃん、またスッポンして！　見たい！」

「任せて任せて☆」

　図書館に行こうとも考えたが、それは止め、二番目のトイレを開ける。こっちは趣のある和式トイレだ。するとここでも……。

「ぎゃー！　水が！　……ピンク？」

「ほんとだ。かわいい」

「でも、そういう洗浄剤が使われてる訳でもないな」

　妙な予感がし、武道は真っ先にタンクを開けた。スッポンで掻きまわすと、次第にタンク内の水が赤みを増してゆく。

「くそ、じれったい！」

「お兄ちゃん、手が汚くなるよ！」

「大丈夫っ！　ゴム手さんが破れない限りは……！」

　何かに手が届く。
　ゆっくり持ち上げると、それは水面に姿を現した。

「……これは」

「なになに？　ぴぽもみたい！」

「ヘドロでした☆」

「えーやだ！　早く戻して！」

　背中から覗こうとしていたぴぽが遠ざかったことを確認して、武道は「それ」をしぼり、極限まで水気を飛ばした。
（血まみれの給食袋とビニール袋。中身はないということは多分……）
　ぴぽの指を切った誰かが、指をここまで入れて運んだということだ。武道は顔をしかめながら、袋を小さく折り畳んでスッポンの先に隠した。

「ほら、戻したよー！」

「わー、ヘドロマン！」

　袋を見た直後に無邪気なぴぽと相対すると、こみあげるものがない訳ではない。しかし武道はそれを悟らせない笑顔を浮かべた。

「さあ、ヘドロマンはスッポンを返しに行きますよー」

　そう宣言すると、ぴぽは用具室の近くから逃げだす。武道は元の場所にスッポンを戻すと、手袋も外し、当番表の裏に素早く「スッポン」と書いた。
　当番表を貼りつけてあったセロテープも壁からきれいに剥がし、紙に貼り直す。

「じゃーん！　スッポンがなくなりました！」

「きゃー！」

　なぜか悲鳴を上げて逃げるぴぽを追いつめ、「捕まえた！」と抱きすくめる。その隙に背中へ、当番表を貼った。

「はー、楽しかった！」

　ぴぽは満足そうに笑い、武道の大きな手を握った。

「でも、指が全部あったらもっと楽しい！」

　左の小指の痛みで目が覚めた武道は、小さく息をついた。

「まあ、あの子の痛みに比べたらな」