ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

　五十士柊斗はぴぽの左手にはめられた手袋を見て唇を噛んだ。
（やっぱりこうして目にすると、話で聞くより痛々しいな）

「お兄ちゃんも、ぴぽの探し物手伝ってくれるの？」

「うん、そうだよ」

　柊斗は微笑むと、ゆっくりと歩き出した。

「ぴぽちゃんは本、すき？　俺、図書室に行きたくて」

「すきだよ！　じゃあ案内してあげるね」

　ぴぽに案内され着いた図書室で、柊斗は立ち止まる。三番目の書架は、沢山の絵本が集められていた。

「ねえ、折角だから本借りて行こうよ。俺、貸出カード書いてあげるから」

「え、いいの？　司書さんいないよ？」

「大丈夫。後で伝えとく」

「やった！」

　ぴぽは嬉々として本を選び始めた。柊斗も書架を探索する。だが目ぼしいものは発見できなかった。そんな時、ぴぽが話しかけてきた。

「お兄ちゃん、ぴぽこれ借りる！」

　ぴぽが選んだのは「こねこのヤダン」シリーズだ。

「お兄ちゃん、まだ決まってないの？」

「ちょっと迷っちゃって……」

「なら、これ読んで！　ぴぽの大好きな絵本！」

　指差したのは『かぼちゃ・ちゃ・ちゃ』という巨大なかぼちゃの絵本だ。

「これにね、ぴぽが出てくるの。ほら！」

　柊斗がページを開くと、確かにそこには「ぴぽちゃん」と呼ばれる女の子が出てきた。

「ぴぽちゃんの畑に、ゾウよりキリンより大きなカボチャがなりました。今日は待ちに待ったかぼちゃパーティ。大きなナイフでかぼちゃを切ります」

「でもね、かぼちゃは固くてなかなか切れないの。だからみんながナイフの上に乗ってジャンプするんだよ！　そしたらナイフがすとんて落ちて、かぼちゃが切れるの！」

　声に出して読んでいると、じれったいのか横からぴぽが先を話しだす。

「そっか。……じゃあ、これも借りようかな」

　柊斗はその他にも２、３冊本を選び、ぴぽとカウンターへ向かう。

「ちょっと待っててね。貸出カードはどこだろう」

　カウンターの中に入って辺りを見回すが、特に変わったものはない。

「よし、あった。名前を教えてもらっていいかな」

「たかむらみほです！」

「はーい、じゃあ一週間の貸出です。あと、これも」

　柊斗は貸出カードの裏にぴぽの連絡帳にあった持ち物を書いてやった。

「わあ、ありがとう！　でも、なんで知ってるの？」

「あっと……人から聞いたんだよ。それじゃあもうちょっと待ってね。俺もカード書くから」

　貸出カードにローマ字でメモをまとめた柊斗は、カードを栞の要領で絵本に挟んだ。
　更に、カウンター下にあった適当な本のカバーを『かぼちゃ』の絵本にかぶせ、ぴぽの目を盗んでカウンター奥の棚にさりげなく置いた。

「さあ、行こうか」

「うん」

　ぴぽの部屋にいく途中、柊斗は廊下に残されたメモに気づいた。「幸せのおなじない」に興味のあるふりをして内容を確認する。
（やっぱりあの絵本か。そしてこの凶器……）
　不気味な考えが頭をよぎったが、慌てて振り払い、ぴぽの部屋へ急ぐ。
　ひとしきりそこで本を読んだ後、柊斗はさりげなく切り出した。

「ねえ、俺の本もここに置いていっていい？　一緒に返しに行けるから」

「いいよ！　本は机の上の棚に置いとくの」

「うん、分かった」

　かぼちゃの本がないことを悟らせないよう柊斗は本をばらして本棚へしまった。

「……ごめんね。指、みつけられなかった」

「ううん、しょうがないもん」

「でも、やっぱり哀しいだろう？」

　柊斗はぴぽに、そっと手を差し出した。ぴぽは困った顔をしながら、その手をとる。

「いいの？」

「うん、ごめんね」

　目覚めても尚、柊斗の手のひらにはぴぽの手の感触があった。感触が消えてゆくのと反比例して、左の薬指がつきりと、痛みを訴え始める。