ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

　目を閉じる。そしてゆっくりと開いた。

「……変わらない」

　樹弥・エヴァンズは夢の中で夢を見ようと試みていたのだ。
（幽霊とか怖いじゃん。……いや、怖くはないが苦手だ。だってあいつらなんかあやふやで割り切れないし）

「ねえ、なぞなぞ得意？」

　後ろから聞こえてきた声に、樹弥は凍りつく。噂の人物が、そこにいた。質問と同時に腕を引かれ、『台所』に連れていかれる。
　扉を開けた瞬間、美味しそうなソースの匂いが鼻をかすめた。

「ぴぽたちが解けたらソース舐めてもいいの！」

「と、とにかく分かればいいんだな」

　五枚の皿に書かれたローマ字を読みとり、樹弥はゆっくりと頷いた。

「ソースを舐めた後は石鹸を使いなさい、て書いてる」

「やった！」

　ぴぽが勢いよくソースを舐めはじめる。その無邪気な表情に樹弥ははっとした。
（……そうだよな。お化けとか幽霊とか言う前に女の子だ。困っている年下の女の子を見過ごしたら、紳士じゃない）

「その小指、探しに行こうか？」

「うん！」

　樹弥から差し出された手をとり、ぴぽはご機嫌に歩き出した。
　ふたりは『体育館』に足を踏み入れる。樹弥は入ってすぐ二階に回廊があるのを見つけ、ぴぽに声を掛けた。

「ぴぽちゃん、あそこ行こう。高いとこ」

「ギャラリー？　でも、あそこは、特別な時しかはいれないようになってるよ」

「え？」

　その瞬間、樹弥の脳裏にソースの匂いのヒントが蘇った。

「ちょっとここで待ってて」

　ぴぽを待たせ、樹弥は廊下の突き当たりを探した。植木鉢のある窓枠に、「Ｇ」の鍵を見つけ、すぐさま取って戻る。

「どこ行ってたの？」

「秘密の鍵を見つけてきた。これで上に行ける」

「すごい！」

　階段をのぼり、鍵を使って扉を開けると、体育館をぐるりと見回せるギャラリーに出る。そこには、生徒が書いたと思われる様々な絵が貼ってあった。

「ここにね、ぴぽの絵もあるよ！」

　ぴぽが指差した絵には、五人の人物が書かれている。

「ぴぽがすきなひと！　お父さんお母さん、先生、みずきちゃんとりほちゃん」

「このふたりは友達？」

「うん！　同じクラスで仲良しなの。みずきちゃんは同じ班で、りほちゃんは幼なじみ。登校班がいっしょ」

　嬉々と話すぴぽの話は止まらず、ステージに移動しても続く。

「みんなでおそろいのふでばこ買ったよ！」

「そっか。大好きなんだな、友達」

　話を続けながらステージにのぼり、辺りを見ていた時。

　バチッ　バチバチッ

　大きな音がして、急にスポットライトがふたりを照らし出す。
　樹弥は内心怖くて堪らなかったが、ぴぽを引き寄せ、ライトが消えるまできっと照明を睨んでいた。

「うわあ、びっくりした」

「……そろそろ戻ろうか。何だか危なそうだ」

　廊下に出た樹弥は、「鍵を戻す」という名目で職員室に向かった。そこで日程黒板にソースのヒントとぴぽの友達の話を書き留めておく。
　紙と鉛筆を拝借して廊下に戻ると、ぴぽが近づいてきた。

「それ何に使うの？」

「ん？　ギャラリーみたらお絵かきしたくなって」

「ぴぽもやる！　お兄ちゃんかくね！」

「じゃあ、俺はぴぽちゃんを描こうかな」

　鉛筆を握るぴぽの手が右なのに気づき、樹弥は首をかしげた。

「あれ、右利きなんだな」

「うん。だから左指がなくても字は書けるの。……でもそれじゃ駄目なんだ」

　そっと握られた手を、樹弥は振り払うことができなかった。

　目を閉じる。閉じ続け、そしてゆっくりと開いた。

「……変わらない」

　目が覚めた樹弥は、もう何度もそれを繰り返していた。鈍い痛みを伴う小指を見つめ、また目を閉じる。

「ごめん。紳士のくせに、助けてあげられなかった」