ぴぽちゃんのごほんゆび｜リアクション

ぴぽちゃんのごほんゆび

「う、ううう嘘だろ……」

　あまりこの手の話が得意でない双葉由貴は、学校で話を聞いた後も怖くて眠れなかったのだ。

（やっと眠れたと思ったらまさかの……！）

「なにがうそ？」

　後ろからひょい、と顔を覗かせたぴぽに声を失くす。怖すぎると人は声が出なくなるのだと、由貴は実際に体感した。

「今度はちょっとおっきいお兄ちゃんだ。指、一緒に探してくれる？」

　由貴はこくこくと頷いた。否、頷くことしかできなかった。

（大丈夫。見た目は普通だ。噂に惑わされてるだけだ）

「じ、じゃあ探してみようかなあ」

　ちらりと視線を後ろにやると、窓の近くに様々なものがおいてある。特に目につくのは植木鉢だ。

「幸せのおまじないだよ！」

「へ、へえ……」

　なんとか由貴の身長でも届く。ぴぽの視線を気にしながら、そのひとつひとつを確認した。しかし、次第に顔は青ざめてゆく。
（か、確認すればするほど怖い！　でも、頑張らないと。それにしてもこのＧって鍵は何だ？）

「お兄ちゃんはどこにいく？」

「そうだな……。うん、ここにする」

　選んだのは『台所』と書かれた扉。開けてみると、リノリウムの廊下とミスマッチな、家庭的な台所が現れた。

「これ、ぴぽんちの台所だよ！」

「い、いい台所だな」

　ぎこちなくではありながらも会話をしながら、由貴は台所を見渡す。そしてテーブルの真下に床下を見つけた。
　思い切って扉を上げると、ぷんと糠の匂いがする。

「お母さんね、ここでみそと漬けもの作ってるの」

「……なあ、ぴぽの両親てどんな人？」

　実は、噂を聞いた時から由貴はずっとひっかかっていたのだ。
（夜に六才児にひとりで忘れ物をとりに行かせるなんて、家庭環境悪いのか？）

「お父さんはね、ぼーっとしてるの。でもすっごくやさしいんだ。お母さんはちょっと怖いけど、ごはん作ってくれるし、絵本も読んでくれるし、だいすき！」

「そっか。疑ってごめんな」

「ん？　なにが？」

「なんでもない。……ちょっとこれ、調べるぞ」

　由貴はぴぽの無邪気さに少しだけ笑い、そっと糠の蓋を開けた。

　そこにあったのは胡瓜や茄子ではなく、人間の指だ。

「ぴ、ぴぽ！　指！」

「これ中指だからぴぽのじゃない。あるもん、ほら」

「え、じゃあこれって」

「お兄ちゃんから借りたの」

　由貴は背筋が寒くなった。思わず自分の指を隠す。
　そうこうしているうちに指はあとかたもなく消えた。由貴は元通りに床下を直し、なんとか立ち上がった。
（しっかりしろ。指を見つける為には考えないと）
　コンロの周りを観察しつつ、由貴はぴぽに訊ねる。

「なあ、ぴぽはなんで指を探してるんだ？　何か特別な理由があるのか」

「うん。あのね、約束してたの。一緒にやろうねって」

「一緒にって」

　何を？　と続けようとした言葉は、声にならない声のせいで引っ込んだ。
　急にコンロの火がついたのだ。由貴は反射的につまみを捻って、青い火を消した。
（そ、そうだ、今の話、あのメモみたいに残しておかないと）
　はっとし、震える足に鞭を打って近くのソースを掴んだ。

「ぴぽソースすき！　なめたい！」

「じゃあ……お皿用意してくれる？　大きいのをいっぱい」

「うん！」

　ぴぽが出してくれた大きな皿に、由貴はローマ字でぴぽの話をまとめた。横から舐めようとしてくるぴぽに、

「これはなぞなぞがだから、解けたらなめてもいい」

　と保険をかける。
　一仕事終えた由貴も、小指にソースをちょっとだけつけて舐めとる。それをみたぴぽが、「ずるい！」と由貴の小指に飛びついた。

「ゆびもソースも、ぴぽに分けて！」

　目覚めた由貴はびっしょりと汗をかいていた。

「指……よかった、痛いけど、残ってる」

　痛む小指を右手で包み、由貴は布団にもぐりこんだ。もうしばらくは夢の余韻に苦しめられそうだ。