夜散歩：三日月の　綺麗な日には　チョコレート｜リアクション

夜散歩：三日月の　綺麗な日には　チョコレート

へぇ。素敵なアンティークがそろっているね。
お客や店長は一癖ありそう、かな？
音羽紫鶴は店内をざっと見まわし、この店がお菓子とアンティークを扱う店だと理解した。車で帰る途中のことである。彼は目ざといのだ。面白い事であれば特に。
あゆかにいらっしゃいませと声をかけられ、スマートに微笑み返した。
適当に入った店なので目当てのものがあるわけではない。世話係は電話をするとか言っていたし、時間を気にせず楽しむとしよう。店長らしき女性は若いスーツ姿の男性・霧島有祈と話をしていた。
「店主、私におすすめのチョコレートはないだろうか。味わい深いものが好みだ」
「かしこまりました。お選びする際の参考にしたいのですが、お客様は普段、チョコレートをどのくらいの量召し上がりますか？」
「つまむくらいで」
「はいー。では、こちらはいかがでしょうか！　こちらはナッツのような風味が特徴で、読書やお仕事中のおともにぴったりですよ」
あゆかが選んだのはカカオ75%の香り高いチョコレートだ。淡い紫の箱に6粒入れられており、いかにも大人っぽい雰囲気だ。
有祈はそのチョコを店内で食べると言い、空いている椅子に腰かけた。店からのサービスで用意されたアールグレイで喉を温める。
「ねえ、店長さん。このお店の商品て全部ここのオリジナル？」
紫鶴が尋ねると、あゆかはそうですよと微笑んだ。聞けばすべて彼女が作っているそうだ。
「チョコレートも飴も私が担当していますー。加工も承っていますので、特別な日などにぜひご利用くださいね」
「そう？　じゃ飴のオーダーメイドをお願いしたいな。花がいい。薔薇、蓮、桜とか、華やかな物をね」
「かしこまりました。どなたかのお誕生日ですか？」
「うん。そんな感じ」
子供がするには妙な買い物だろうから適当にごまかす。気まぐれで世話係の分の車の形も追加した。あとは自分用にチョコレートも欲しい。
「さっきのお兄さんと同じものにしようかな。んー、でもこっちの和風のも面白そうだし」
「味が気になるか」
紫鶴の隣に高い影が並んだ。有祈だ。いつの間にかに並ばれ紫鶴はわずかに驚く。ずいぶん足音の静かな男だ。
「ここのチョコレートはとても美味しいが、あいにくこれから用事で全てを味わえない」
そういって差し出された箱の中には一粒のチョコレートが残っていた。
「そう？　なら頂こうかな。ありがとう」
紫鶴は紫の箱を軽く持ち上げて礼を言った。
有祈は小さく頷くと黄色のリボンが飾られているキャンディを一袋買って店を出た。おそらく誰かへの土産なのだろう。
紫鶴は黒糖のチョコレートを土産用に買い、店を出ようとしたところでくるりと振り向く。あゆかと目を合わせた。
「そういえばさ。さっきお兄さんからもらったチョコレート、意外と食べやすかったね。カカオ75％って聞いていたからもっと苦いかと思っていたよ」
「あのカカオは風味が特に豊かなんです。先ほどの方は久しぶりにチョコレートを食べる方だと思ったので、王道の味にしたんです」
有祈はチョコレートに対して、味の好みがあまりないようだった。ふらりと立ち寄ったので久しぶりに食べてみよう。そんな雰囲気をあゆかは感じていた。
「へえ。客をよく見てる」
あゆかに聞こえない程度の声で呟く。
「と、もういかないとな。飴は後でまた取りに来るよ」
「ええ。帰り道気を付けてね。ありがとうございました」
あゆかは少年に軽く会釈をする。中学生くらいの男の子だった。オーダーは誕生日プレゼントらしい。
「責任重大ですねー。ふふ」
少年がいた場所を見ながら微笑んだ。

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