夜散歩：三日月の　綺麗な日には　チョコレート｜リアクション

夜散歩：三日月の　綺麗な日には　チョコレート

シーサイドタウンと旧市街の境目にひっそりと存在する『Magique Raisin』（マジーク・レザン）。開店時間は店主の気まぐれに左右されるため、近隣の住人でも買い物ができるかは運次第だ。

三日月の夜。
月明かりに照らされながら、城山水樹が旧市街に向かって歩いている。今日は東京のスタジオで撮影があった。彼女の家は旧市街にあるがエクササイズも兼ねてシーサイド駅で降りて歩いていたのだ。
「あら……。こんなところにお店なんてあったかしら？」
いつもは消えている明かりがついていて、看板の存在に気づいたようだ。パッと見ただけでは何の店か分からない。興味をひかれた水樹は軽い気持ちで扉を押した。
「いらっしゃいませ～」
お菓子の飾られたショーケースの向こうから、店主・聖籠あゆかがにこりと微笑んだ。ケースにはチョコレートと飴が飾られている。どれも艶やかで目が吸い寄せられた。
「お邪魔するわ。ここってお菓子屋さんだったのね」
「はい～！　他にもアンティーク小物の販売や、骨董品の鑑定なども行っていますよ～」
こじんまりした店内だが本日の客足は上々のようだ。店内は飲食可能のようで夜のお茶会を楽しんでいる客もいる。
「ふーん。結構繁盛している……って、あら」
以前、魚市場の試食会イベントで同席したことのある八神修がいる。修は褐色肌の知的な雰囲気の女性・英モニカと話をしていた。
「こんばんは。八神君、だったっけ」
「ん？　ああ、城山さん。お久しぶりです」
「こんなところで会うとは奇遇ね。お買い物中かしら」
水樹がモニカに軽く頭を下げながら尋ねる。
「はじめまして、城山さんと仰るのですね。私は英と申します。八神さんとは先ほど知り合いになりまして」
「ええ。英さんも俺もアンティークの品を見ていて少しお話させてもらったんです。よかったら城山さんもいかがですか？」
修が飾られているアンティークの品を手で示す。そうねえ、と水樹は心の中で呟いた。古本屋の娘である水樹は古い物に囲まれることに居心地の良さを感じる。売り物でなくとも、店内の本棚やチェストを眺めるのは楽しい時間になりそうだった。
「ご一緒させてもらうわ。私はぶらっと来ただけなんだけど、ふたりは欲しいものがあるの？」
「私は先ほどまでフォトスタンドを選んでいて……。ここに並んでいる物はどれもとても可愛らしいデザインなんです」
そう言って、モニカはひとつのフォトスタンドを手に取った。細やかな模様が白木に刻まれている上品なデザイン。中には写真ではなく花の絵がおさまっていた。
「あら、上品なフォトスタンド。あなたの雰囲気に合っているわね」
「ふふ、ありがとうございます。八神さんはガラスランプをお探しの様ですよ」
「へー、最近の男子高校生ってそういうの好きなのね」
水樹にニヤっと微笑まれ、修はどうだろう。と苦笑して首をかしげた。
「ほかの高校生はわからないが、俺は好きですね。絵を見たりするのも嫌いじゃないです」
実は修は本土から帰ったばかりである。父の代理で某画廊の個展開催へ出席していた。家の用事が増え、気を張る場面も増える。
「このお店には始めて来たのですが、アンティーク特有の……伝統の空気というんでしょうか。そういうものを感じると心がほっと落ち着きますね」
「ガラスランプの光は穏やかで、素敵な夢が見られそうですね」
「ええ」
修は安らぎを求めていたのかもしれない。
モニカの言葉はストンと胸に落ちた。
「アンティークをご所望でしたら地下にご案内しますよ～。こっちに置いているのは小物が中心なんだ。よかったらどうかな」
店主のあゆかが修たちに声をかける。ぜひ見てみたいです、とモニカが返事をした。
「わーい♪　八神くんと、城山さんもぜひぜひ。ふたりが好きそうなものもたくさんありますよ」
「地下へ続く階段、か。わくわくするわね」
「うふふ。でも、ごめんね。あまり明るくできないから足元に気を付けてね。じっくり見たい時はこれを使ってください～」
修はあゆかからランプを受け取る。懐中電灯ではないところがこの店らしかった。
「じゃあ、俺が先に降ります」
「わくわくねー」
「ふふ。あ、店主さん。こちらをいただきたいので、取り置きお願いします」
「はーい。いってらっしゃい」
あゆかはモニカからフォトスタンドを受け取った。空いている方の手をひらひらと振る。やがて修たちの姿は地下に消えた。

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