みんなで「闇鍋」！―食とは何か？―｜リアクション

みんなで「闇鍋」！―食とは何か？―

「北原みゆきくん」
「は、はい！」
　見ている分にはフツウの鍋会より面白いなぁ、などと考えていたみゆきは、びくっと反射的に返事をして、おずおずと鍋に箸を伸ばした。
（変なの当たらないように！）
　えいっ、と持ち上げたのは、何やら角ばった物体。
「それはラフテーよ。あたしが作ったの」
　未だにビッグウィンナーを平らげられずにいる鳴が言った。
「鳴ちゃんの手作りかぁ」
　ラフテーとは沖縄料理で、豚の角煮の一種。
　一般的な角煮との大きな違いは、皮付きかどうかである。
　少し大きかったので、一旦椀に移して箸でひとかけ崩す。
　もともと煮てあったせいか、非常に柔らかい。
　見た目もとても美味しそうである。
「女の子だって度胸だよ！　いただきます」
　大根おろしやポン酢も用意していたが、カレーやラフテーには合わなさそうなので、そのまま食べることにする。
　小さく口を開けて、ラフテーを噛みしめた。
「！？」
　柔らかな豚肉の、まさにとろけるような歯ざわりはよかった。
　しかし。
「これは案外美味しく……ないぃぃぃ！」
　致命的な苦味に、きゅう、と目を回して倒れるみゆき。
「何か殺傷力高いのだ！？」
　穏やかならざる表現を使ったのは真央。
「本当にごめん！」
　と、謝る鳴。
　鳴に一切悪気はなかった。
　ただ、味覚障害の鳴は、勘で味付けするしかなかったのだ。
　もちろん、レシピ通りに作った。
　だが、不幸な事故が重なり、砂糖と重曹をうっかり間違えてしまったのだった。
　味見に意味が無い鳴を責めるのは、酷というものであろうが、鳴は自分自身で責めた。
　いや、実は先程からずっと、鳴の気分は沈んだままだったのだ。
（周りのみんなは味に一喜一憂してて楽しそうでいいな。どうしてあたしだけ……。みゆきもひどい目に……）
「ごめんね、鳴ちゃん」
　らしくなく、底なしに沈みゆきそうだった意識を引き上げたのは、みゆきの声だった。
「みゆき」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから」
　そう言って、残りのラフテーを平らげるみゆき。
　その表情には苦悶やためらいは一切なかった。
　そうして、
「さっき刀くんも言ってたけど、みんなで食べると美味しいね」
　と、にっこり微笑んだ。
　重曹や苦味うんぬんの事実を、鳴は知らない。
　だから、みゆきがどんな気持ちでラフテーを食べきったのかも、鳴には分からない。
　でも――。
「鳴ちゃん、それ、美味しい？」
　言われて、一口かじったビッグウィンナー。
　先ほどまで何の味もしなかったそれが、
（あれ？　あたしもなんだか味を感じてきたかも？　これってこんな味なんだ……）
　本来の味を取り戻していた。
　カレーの風味、ウィンナーの塩気、ちょっぴりつけすぎた辛子の辛味……全てが新鮮に鳴の舌に蘇る。
　問いかけたままのみゆきの視線に、
「うん、美味しい！」
　鳴は心からの笑顔で答えた。