遠い夏の日が｜リアクション

遠い夏の日が

（そういえば、ののこちゃんは化学が苦手だったけど……）
　綾花はののこの普段の様子を思い出しつつ先生っぷりを見つめていた。確かに間違う事もあるが、苦手な人間だとは思わせないほど、ののこは案外しっかりしていた。
「もうちょっとで夏休みというのは、ちょっと寂しいなぁ」
「そうですね……」
　傍らの瑠奈はクラスのメンバーに違和感を覚えていないらしく、寂しげに呟く。それでも、今この時間も幸せだよ、と付け加えて茶目っ気たっぷりにウインク。
「まぁ、部活とかでも会う奴はおるやろ。そんな気ぃ落とす事あらへんで」
　前の席にいた巧がそう言って励ませば、綾花も頷いた。そうしつつも、綾花は考察を続ける。
（牛瀬先生は普段の意識を持っているかわかりませんね。夢宮さんは……この状況に違和感を覚えていないかもしれません。二人のどちらかが原因かはわからないですね）
　実験道具を片付けつつあたりを伺うも、ちらほらと『普段』の意識を持つ人がいるのがわかる程度で、原因だろう人は見当たらなかった。
　それは修も同じである。彼は小さくため息を吐くとののこに問いかけた。
「先生、他に指示とかありますか？」
「無いよ。しいて言うなら実験道具を少し念入りにきれいにしておいて欲しいぐらい」
　ののこにそう言われ、修は頷いた。そうしながら周りの声を注意深く聞くも、ヒントになりそうな呟きはもらしていなかった。
　２人の様子に気づかない護は、楽しげに先生の話を聞く。
（ピコ先生の授業、大好き！　判りにくい所があったりするけど、先生は明るくて楽しいもん！）
　今も一生懸命質問に答えるののこの姿を見、護は楽しげに頷いた。

　片付けが終われば、次は夏休みの宿題についての簡単な説明。提出日やどんな内容になっているかなどを語れば、ぱらぱらめくっていたジェレミアはふむふむ、と頷く。
（やっぱり、数式や化学式は一緒ですね）
　そんな風に思っていると、ころり、と転がってくるものが。足元を見ると愛らしいデザインのシャープペンシルが落ちていた。拾い上げると、窓側の机から小さな声がした、
「あ、ありがとうっ！！」
　声の主は、瑠奈。どうやら彼女の物だったらしい。
「気をつけてね」
「うん」
　そっと手渡せば瑠奈が優しく微笑む。こういう交流もいいな、となんとなく思ってしまうジェレミアだった。

　授業が終われば、生徒達はそれぞれ教室に戻っていく。アーサーも近くにいた護やジェレミア、修と話しながら歩き出した。なんとなくだが、こんなひとときが心地よく、自然と笑顔になっていく。
　先へ行く、と言ったクラスメイトに手をふったり、他愛も無い会話で笑いあったり、次の授業の事で悩んだり。それだけなのに、ひどく懐かしく感じるアーサー。
（起きれば、また元通り。それが少し寂しい気がしますね）
　彼は小さくため息を吐き、優しく微笑んだ。

　――４時間眼：国語

　３時間目が終わると、檜山立樹はクッキーを取り出した。お菓子を作るのが好きな彼は、クラスメイトへ配ることに。
「この時間って、どうしてもお腹がへっちゃうよね？」
　と差し入れを出せばみんなが感謝の言葉と共に口にする。白沢絢子もその一人で優しい笑みを浮かべた。
「とっても美味しいわ。　うふふ、二学期も楽しみね」
「今度は何をつくるの？」
　そう問いかけたのは毒島イヴ。柘榴の家に暮らしている留学生で、柘榴とはとても仲が良い。
　彼女は故郷ではストリートチルドレンだった事もあり、学校生活にあこがれていた。その為、柘榴と同じ学校に通うこの夢をとても楽しんでいた。
「今、考えている所。マドレーヌはこの間作ったからね」
　立樹は答えつつ、クッキーが好評な様子に手ごたえを掴む。こうして喜んでもらえることが彼はとっても嬉しかった。

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