遠い夏の日が｜リアクション

遠い夏の日が

序：今日も真面目にがんばろう

　――２時間眼：化学
　授業開始の少し前。綾辻綾花は職員室にいた。心配になった彼女は手伝いをしようとここへ来ていたのである。
「ん？　綾辻さんも手伝いにきたんか？」
　日直である牛瀬巧がのんびりと問えば、綾花は「ええ」と優しく微笑む。
「夏休み前ですし、宿題のプリントがあるならば巧くんとピコ先生だけでは大変かな、と思いまして」
「二人ともありがとうっ！　今日はちょっと配布物があったから助かるよ～！」
　ののこが嬉しそうにそういえば、綾花も巧も照れてしまう。綾花は忘れ物がないか確認し、ののこは指差し確認をしてから頷く。
「そんなら、出発やな。そろそろ授業の時間やし」
　巧の言葉に２人とも頷いた。
　
　今日は化学室での授業である。おしゃべりしながら向かうもの、黙ってすぐに向かう者、寄り道をする者、とさまざまである。そうこうしている内に授業開始のチャイムが鳴り響く。
「てめぇら、チャイム鳴っただろ！　さっさと席に戻れ！」
　風紀委員である毒島柘榴の威勢のいい声で、１年１組の生徒達は大体席に着く。しばらくしてあほ毛をピコピコ揺らしながら歩いてくる女性教師の姿が。傍らではプリントを持った綾花と巧の姿もある。それまで「ピコ先生ったら、また遅刻かなぁ」、と傍らの遠矢護や八神修と話していた夢宮瑠奈はあわてて前を向く。
「皆、遅れてごめんねー。夏休みの宿題のプリントがあったから……」
　ピコ先生ことののこが苦笑しつつそういえば、皆が優しい笑いで出迎える。彼女はそのプリントを配布し、早速今日の授業内容を説明した。

　今日の授業は水素と酸素を分ける実験の復習。教科書で出た方法の他どんな方法があるのか、を実験する事になっていた。ののこは黒板にいろいろ書きながら、はきはきと説明する。
　その途中ちょっと間違えそうになったりもしたものの綾花や修、柘榴のフォローもありどうにか滞りなく説明することができた。
（日本語がすらすら読める……。さすが、夢の中だね）
　ジェレミア・ベルトーニが感心したように頷いている横では、制服の上から白衣を纏った鳳翔皐月が教科書を壁に眠っている。彼女にとって、美術の授業以外拷問にも等しかった。その為眠っていたり落書きしていたりする。
「えーっと……水素を分けるんでしたね」
　確認しつつ実験を行うアーサー・Ｔ・シートンは内心で（生物だったら得意なのですが……）と呟きつつも薬品を試験管に入れる。
「機材の用意はできてるよ」
　護が水を張った桶や管を見せつつ、傍らの修を見る。これが『夢』である事を知らない彼には、『双子である自分と修は両親の離婚が原因で離れ離れになっていた』という記憶があった。故にこうして同じ高校に通うことが出来て護は嬉しく、笑顔がこぼれる。
　一方、修は『普段の』意識のままであった。これが夢である事も理解しており、静かに辺りを見る。
（この夢の原因となった人が、クラスにいるはずだ）
　注意深く言葉を聴いたり様子を見たりしていると、不思議そうに護が彼を見ていた。
護はふと、双子の片割れである修を見ながら考えた。離れて育った双子の兄と一緒に学校で過ごせる事は嬉しい。けれど、家ではその話題を出すことが出来ない。
（また一緒に暮らせたらいいのにな）
　ほんのりと寂しい思いが浮かび上がり、護の表情が曇る。それに気づいたのか、アーサーが笑いかける。
「準備、できましたよ？」
「うん、早速実験しよう！　ね、お兄ちゃん」
「そうだな」
　我に返った護が頷き、修も一旦考察をやめて実験に集中する。ややあって酸化マグネシウムを使った水素発生実験がうまくいき、試験管にたまった水素をへ護が恐る恐るマッチを近づければぽんっ、と乾いた音が鳴った。

このページにイラストを設定する