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『買いたまえ』と渋いおっさんのイラストが立てかけられた、とある島のお誕生日席。
旅鴉 月詠と檜扇 舞華のサークル、『ウィッチクラフト』がそこにブースを構えていた。
開場早々往来が激しくなりつつある通りに面しながら、月詠は特に宣伝するでもなくスケッチブックに絵を描いている。

ちなみに服装はニャンダムの公国軍、大佐階級の軍服である。
そのすぐ隣では。
月詠のろっこん『絵空事』で持ち込んでもらったライブカメラとＰＣで、檜扇 舞華がネコ動の生放送を始めていた。
「おはよーございます。徹夜組死すべし慈悲はない」
徹夜組とは、読んで字の如く前日深夜から会場周辺に泊まりこんで待つ者のことである。大体野宿。
「まあ、あたしサークル参加なんですけど。徹夜はマナー違反ですし、身体に悪いので」
深夜の野外ということで安全上問題があるし、周辺住民への迷惑、その関係でかかる警備費用だとか……問題は多数ある。
なにより徹夜組が加害者か被害者か問わず、事件が起きれば会場が使えなくなる可能性もある。
そんなわけで、ネコミケでも徹夜行為は認められていない。
「それはそれとして、こちら見てくださいこの大盛況」
ライブカメラが、会場の中の様子を映す。
ブースの島と島の間を、大勢の人が目当ての物を求めて動き回っている。
まるで人がゴミのよう。
「ラプタの雷も落ちてきそうですね」
などと定番めいたネタを飛ばしつつ。
「ネットでも告知は既にしましたが、改めて販売物のご紹介を。月詠さん、ちょっと映しますよ」
「ああ、頼む」

＊サークル『ウィッチクラフト』　販売物＊
・木彫ニャンダムフィギュア
　伝統的な大工の技術を応用した、接着剤不使用の代物。
　付属の桐箱には連合と公国の紋が入っており、またうち１面はアクリルで箱に入れたまま鑑賞が可能という優れもの。
　値段はサークル販売物としては高いが、フィギュアとしては平均的な価格帯。量産不可の手作り一品モノと考えれば、むしろ安い。
・木彫りプチ
　こちはらはソフビサイズの木彫。
　値段はフィギュアと比べれば手頃。やはり量産不可の手作り一品モノと考えれば安い方。
・イラスト集
　フィギュアを買ってくれた人への無償提供物。
　アズ＆アオの水着やクローム大佐のはだけワイシャツ等など、半裸多めな内容。
・扇子
『ザコとは違うのだよザコとは！』等、ニャンダム劇中での名台詞が書かれている。
　値段はお安め。

「他、フィギュア購入者には指定されたイラストを描いて提供しよう」
「だ、そうです。値段は高いので、資金は是非潤沢にしてきてくださいね。あと、あたしが大体コスプレ広場にいるので、よかったら見に来てくださいまし」
それでは、今日はここまで。
「フォロワーさん会いにきてくださいね」
ひらひら手を振って、生放送は終了した。
「それじゃ月詠さん、あたしはコスプレ広場に行ってきますね」
「ああ」

◇
初夢工房ブース。
開場と同時、凪は――否、初夢工房代表『富士鷹茄子』はぐっと拳を握りしめた。
「……さあ、戦争の始まりよ！」
ボーカロボの衣装になんだか落ち着かなさげな様子だった黒子も、その言葉にハッとなる。
「あ、ああ！　ともかく新刊１０冊×２００部を売らねーと！」
合計２０００部。捌ききれずに宅配便行きコースだけは避けなければ!
白虎もサッと切り替えて、精一杯愛想の良い笑みを浮かべた。
「さあ、いらっしゃい！　【初夢工房】の新刊よ！」
威勢の良い呼び込みの声が、会場に響く。
程なくして、
「新刊全部ください！」
「健全！　健全本の新刊を！」
大勢の人達により、スペースの周りが一気に賑やかになる。
流石は壁サークルになっただけのことはある、といったところか。
「並んで買ってくれよ！　ほらそこ、通る人の邪魔になってっから！」
「まだちゃんと在庫はあるから、きちんと並んで買って頂戴！」
黒子と白虎が殺到したお客さん達を並ばせ、
「いつも読んでくれてありがとう。これからもよろしくね」
凪が一人一人順番に、丁寧に接客対応。
買ってくれるお客さんは、皆ファンと同義。大事にしなければならない。

◆
日々たくましく羽ばたかせている、妄想の翼。
それをより強靭なものとすべく、先人たちの作品を手に入れる――。
新聞部の取材そっちのけで情熱を燃やすのは、椿 美咲紀だ。
保冷マイボトルにスポーツドリンクを入れて持参し、熱中症対策もばっちり。
さあ、先人たちの足跡を手に入れよう！　
さらなる高みへ羽ばたくために！

誰にというわけでもなく、決意の敬礼ポーズ。

そんな彼女が一番最初に向かったのは、とある壁サークル。
（ふおお、１、２……沢山あるのです！）
平積みされた新刊の壁を眺め、目を輝かせる。
うろうろと視線を彷徨わせ、女性向け――っていうかぶっちゃけBLの三冊を発見。
「ええっと、こっちの３冊をくださいなのです！」
「お買い上げありがとう。……うちのサークルの本は、初めて？」
美咲紀の若干慣れない様子にそう思ったのだろう、代金を受け取った女性――凪に、ふとそんなことを訊かれた。
「はい！　ネコミケも初めてなのです！」
元気にいっぱいに答えれば、
「じゃあ、記念すべき初の本なのね。気に入ってくれたら嬉しいわ」
凪もふわりと微笑んだ。
「はい、楽しみに読ませて頂くのです！」
初夢工房という追い風を得て、彼女の妄想の翼はより強くはばたくことになるだろう――きっと。