<２>

　鷹峰 凪は至極残念そうに語る。
「友情なんて、結局、自己満足でしかないのよ」
　鷹峰はあられもない姿で痙攣する冴木 白虎と吉祥寺 黒子を見下していた。

　少し時間は遡り、世界が切り離された直後の話。
　クローネの黒い羽が、鷹峰たちのサークル『初夢工房』の触手同人本に突き刺さると、中から名状しがたき冒涜的な触手生物が這いずり出てきたのだ。
「ひィッ！？　なんだコイツーッ？」
　真っ先に触手の餌食となった吉祥寺。
　服は粘液で溶解し、触手が彼女の体の敏感な部分を蹂躙していく。
「ひギィ！？　お嫁に、行けなくなっちゃうゥッ！？」
　泣きながら吉祥寺は脱出しようともがくが、その度に触手が食い込む。
「――ッ！」
　駆け巡る全身の感覚に白目を剥いて舌を出す。
「クロ！　今助け、うわ、ちょ！？」
　助けに入った白虎も、まんまと触手に絡め取られて宙ぶらりんに。
「離せ！　離せって言ってるだろひゃんっ！？」
　ジタバタ暴れる白虎の衣服の隙間から触手が侵入！
「らめぇッそんなとこ吸い付かないでぇ～！？」
　触手の先はまるで人間の口のように開閉する器官があり、そこからあんなところやこんなところに吸い付いてエナジーを吸い取っているようだ。
「あれ……私……触手に……いやだ……そんな……」
　次第に羞恥がこみ上げてきた白虎は、衣服が溶け出して露出する肌を隠す気力を失いつつある。
　その脅威を目の当たりにして、鷹峰は思わず慄いた。
「……同人誌の深淵なる触手生物が現実に召喚されるなんて……ネコミケ……マジ、パない……」
　ゴクリと喉を鳴らす彼女の前にも、触手が迫ってきている。
　精気を根こそぎ吸われた白虎と吉祥寺は、ほぼ全裸でだらしなく肢体を転がしていた。
「……ＳＡＮ値直葬しそうだけど……！　次はうちの番ね……、いいわ、来なさい。覚悟完了よ……、ブッ潰してやるッ！」
　鷹峰はＧペンを握ると、触手に突き立てようと身構えた。
　それに応呼して触手が目の前まで伸びる！
　鷹峰は思わず目を瞑ってしまった。
　……しかし、一向に触手が絡んでこないことを不思議に思った彼女は、恐る恐る目を開けた。
　なんと、触手生物はプルプルと甘えるように身を震わしているではないか。
『マ……マ……』
　触手が鷹峰に語り掛けてきた。
『マ、マ……ダイ、スキ……』
　どうやら、創造主である鷹峰を母親と瞬時に悟り、攻撃をやめたようだ。
　この様子に、鷹峰の胸の中で、今まで味わったことのない感情が芽生えていく。
「この子……、創造主たるうちを慕ってくれてる……！　感じるわ、母親に向ける息子の純粋無垢な愛を……！」
　その感情の名は！

「嗚呼、これが『母性愛』なのね……！」
　鷹峰、触手生物相手に母性を目覚めさせてしまった。
「母性を感じたら、なんだかこの子がすごく可愛く見えてきたわ。ぬらぬら照り輝く体表がセクシーだし、うねる触手の筋肉の発達ぶりは素晴らしいわ！　つぶらな瞳は愛らしくて、ああもう、言語化出来ない部分とか逞しすぎるじゃない♪」
　早速、彼女は親バカぶりを発揮。
「そうだわ、命名してあげるわ……、珠のように輝く子だから、あなたはタマちゃんよ……！」
『ボク……タ、マ……チャン……？』
「そうよ、あなたはタマちゃんよ！　意外とこの子、親に似て頭良いかも知れないわ！　さぁ、タマちゃん、お散歩よ……。お腹がすいたら、適当にその辺の魔法少女を食べちゃっていいからね……？」
『マ、マ……オサン、ポ、スル……』
　鷹峰は触手生物のタマちゃんを引き連れ、会場内を徘徊し始めた。
　一方、全裸で放置された白虎と黒子はというと？

「――く、ククク……、あのアマ……！　私達を見捨てて触手の野郎とどっか行きやがった……！　ぜってぇ許さねぇ！　友情？　そんなの関係ないね！　土下座させて私達にした事以上の事して泣かせてやる！　やられたらやり返す……、倍返しだッ！」

「また神魂のせいか！　俺もあの触手は許せない！　見付け出して刻んでやるからなッ！」
　２人とも怒りをあらわにしていた。
　だが、吉祥寺はすぐに顔を赤らめて身を縮こませてしまう。
「というか……、えぐ……穢されちゃったよ……。こんな穢れた体じゃ、お嫁さんになれないよォ……。せめて服をちょうだいよォ……」
　ショックのあまり、幼児退行が進んでいる吉祥寺に、白虎は呆れ返ってしまった……。
「……って、クロ、いつまで泣いてやがる！　普段の格好は過激なのに、本当そういう所は乙女でめんどくさい！」
　白虎は無事だった荷物の中から、鷹峰が着る予定だったコスプレ衣装を見繕って着替えることに。
　衣装は人気スマホゲームの『学園少女ストライカーズ』の戦闘服だ。
　吉祥寺は黄色のぴったりフィットする全身スーツ、白虎はセパレートタイプの水着のような戦闘服だ。
「ふえぇ～！？　おしり丸見えー！　体のラインがモロに出るゥ～！」
「贅沢言うな！　……つーか、こんな無防備な服装だから、誤解されやすいんだよ、アイツ！」
　普段から無防備すぎて、男性に誤解されやすい鷹峰を、思わず案じてしまう白虎。
「……いやいや、あいつのことなんて心配じゃねーし。つーかむしろ復讐相手だしな！」
　怒りが揺らぎそうになり、すかさず自分に言い聞かして打ち消した白虎。
　メソメソ泣きはらす吉祥寺も、ようやく決心が付いたようだ。
「俺達の純潔の弔い合戦だ！　シロ行くぜ！」
「ああ、八つ裂きにしようぜ！」
　白黒コンビの復讐劇が、今、開幕ッ！