ひと夏のろっこん｜リアクション

ひと夏のろっこん

○ろっこんが宿りしひと

　堀和哉はシーサイドタウンの人気のない路地裏を散歩中、何か妙な違和感を感じた。
「何か宿ったような……うーむ、わからん……何だこれ？」
　和哉は「ひと」である。
　こんな感覚は今まで経験したことがない。
　首を捻りながら角を曲がると、長い髪の少女と出くわした。
　最近気になっている少女、常闇月だ。
　月はろっこん「ドールダイブ」の練習をしていたところだった。
「なにやら違和感を感じましたが……ふむ。使えなくなってますね」
　彼女のろっこんは、キスした人形に憑依し、自らの肉体のように操るというもの。
　その間本来の肉体は気絶状態になるので、人のいるところでは騒ぎになりかねない。
「おや、堀さんですか。奇遇ですね」
　月にとっても、和哉は最近気になる人だった。
　大切に思ってる、と和哉に言われて感じたむず痒いような気持ち。
　月は自分でも、この感情がわからない。
「常闇か。こんなところで何をしてるんだ？　俺は暇だったから散歩してたんだが……」
「ええ、私も暇だったのものでちょっと……何か腑に落ちない、という顔をされてますね？」
　和哉は、月の持っている人形に目を留めた。
　赤い目に色白の肌、黒のストレートロングヘアで、膝までのフリルたっぷりのスカートの黒ゴスロリ服を纏った女の子の人形だ。
「何というか、体に何か宿ったような妙な違和感を感じてなあ」
「突然何かが宿った感触がするのですか？　それは、堀さんにろっこんが宿ってしまったのかもしれませんね」
「ろっこん……？　聞いたことはあるがよく知らない。何か変なことが起きる原因なのかな」
　和哉の住む猫鳴館でもいろいろ奇妙なことが起こっているのだが、おおらかな彼は今まであまり突き詰めて知ろうとしていなかった。
「４月に寝子島に『落神』という者が空から落ちてきて『神魂』というものがばらまかれました。それが入り込んだ者は不思議な力を使えるようになり『もれいび』と呼ばれています」
　月は説明を始めた。和哉は頷きながら聞いている。
「その力は、フツウを守るために使うよう言われています。落神の願いのために」
「もれいび、か……能力はそれぞれ違うんだな？　なんだか、人形にキスすると何かができる様な、そんな感じがするんだが……」
　和哉は月の持つ人形を見つめる。
　月の表情が少し動いた。
「それは……どうも私のろっこんが宿ったのかもしれません。試しにこちらの人形に口づけしてみてくれませんか？」　
　先ほどまで練習に使っていた人形【アルル】をずいっと出す。
「そうか、常闇ももれいびだったんだな。常闇の力が俺に宿るとは、妙なこともあるもんだ」
　ものは試しに、と和哉は差し出された人形にキスをする。
　途端に、意識が飛んだような気がした。気が付けば視界が変わっていた。
「どうですか？　これが私のろっこん『ドールダイブ（人形憑依）』です」
　月の声に、和哉は自分の体に目を落とした。
「おお、人形に乗り移ってる！」
　手足を動かしてみると、それはまぎれもなくさっきキスした人形のものだった。
　気を失っているらしき自分の体は月に支えられていた。
「凄いな……こんな可愛い人形に俺が入るのは不釣合いな気もするが、とにかく凄い。
それにしても、気を失ってる自分を見るってのは奇妙な気分が……」
　ここで和哉は気づいた。
「って、ちょっと待てよ？　普段常闇がこの力使ってるってことは……これ、間接キスしたことになるんじゃないか……？　良かったんだろうか……」
　月は、無表情のまま答えた。
「……間接キスですか？　確かに先ほどまで私が操作してましたし、口も付けましたが」　
（意識したら妙に気恥ずかしくなってきた……心臓がドキドキする……って、俺は初恋の乙女かよ！）
　和哉は動揺を悟られまいと、努めて冷静な口調で言う。
「いや、常闇が気にしないならいいんだけどな？」
（だがしかし、全く気にされないのも男としてどうなんだって話だよな……）
　取り敢えず座り、落ち着こうとする和哉だった。

このページにイラストを設定する