貴方の声が聞けるなら｜リアクション

貴方の声が聞けるなら

　　【抗い】

　『それでは、お代に貴方の声を頂きます』

　大事な人の声と期待していた。
　ここは明らかに夢の中。添木牡丹にとって、聞けるのは大好きな恋人の夢だろうか。それとも尊敬している鷲尾礼美先生だろうか。
　胸を高鳴らせ、濃霧の向こうの声を待つ。
　その沈黙を壊したのは、耳を劈き、防ぎたくなるような声だった。
　──自分と瓜二つの声にも拘らず。

　「はーい、残念★　正解は牡丹ちゃんでしたー♪　キャハハ★」
　叫びたくとも声を奪われ叫べない。そんな「牡丹」の反応に楽しげに笑う声。

　それは、「添木牡丹」と名乗った。

　──ある時、「一人の少女」が、双子の姉「添木牡丹」を屋上から突き落とした。
　二人は、妹は養子に出されたとはいえ、双子の姉妹。
　しかし、少女にとって「添木牡丹」の愛は怖かった。
　その愛は、残虐かつ非道。血を流すことでしか表現出来ない。
　相手を思いやる事の出来ない愛に。
　それでも姉を愛していた妹の「一人の少女」は、せめてもと共に心中を図ろうと、

　屋上から「添木牡丹」を突き落として殺害。

　しかし、少女自身も死ぬ前に自分の侵した罪にその記憶を失い、事件は誰かの手によりうやむやにされた。
　そして、養子に出されていた「添木牡丹」の双子の妹「花村のばら」という「人を殺した一人の少女」は社会的に死に、

　その日から「添木牡丹」として生きる事になった。
　それは、記憶を取り戻しても変わらない現実だった。

　「そんな苦々しい顔しないでよ、虐めたくなるじゃない♪　
　それとも大事な義妹のあやめちゃんの前で自分の名前を使われた事がショックだったりするの？　キャハハハ★」
　
　のばらは大事な自分の名前、それをこの人格──悪霊とも呼べる存在「牡丹」は、体を乗っ取った時、自分がのばらだと名乗ったのである。
　「(……ッ！　気にしてないと言えば嘘になるけど……そんな事で私はもう揺ぎ無いわ)」
　牡丹だった存在……「花村のばら」は、鋭い眼差しで先の見えない霧の中を見つめる。
　声の聞こえる方へ向かって。

　「…本当に憎々しい顔ね、ちょっと前まで不安定な精神だったくせに…浸食はほぼしてるんだから、いつでも取って代われるという事…忘れないでほしいわ」
　苛立ちを隠さない声が露になる。
　しかし、こちらを乗っ取ろうとする牡丹の言葉が事実であろうと、もうのばらは脅しには屈しない。
　「(……けど、そんな脅しには屈しない！　私が愛してる人達の為にも！)」
　辺りの霧が一気にたわんだ。まるで相手の怒りを顕わにするかのように。
　「ああ…忌々しい！　なんで私を受け入れないのよ！
　私はあんたの姉よ！　魂の片割れよ！　なのに…なんで拒絶するのよ！
　なんで誰も『私』を理解してくれないのよ！　
　そんな…悲しげな目で私を見るなぁぁ！！！」
　目に見えていれば髪を掻き毟り、ありとあらゆる行為で自分の存在を誇示していたであろう牡丹。

　それを一際哀れましい瞳で、その声のする方を見据えながら。
のばらは言った。
　「(……私だって姉さんの事は愛してた……
　けど、姉さんの愛は……人を傷つけ、不幸にする……
　歪すぎるの……だから……ごめん。

　いつか……決着を付けましょう)」

　それは決別の言葉。本当に、相手の存在を消さんとする決意の現れ。

　一つは普通の人の大きさ。もう一つは巨大な悪意の塊のような存在が濃霧に溶けて消え去った後、
　兎は、手に持つにんじんを少しの勇気を持ってぽそっと齧ってみた。
　「うん、マジカルな味。にんじん分けておけば片方は美味しく食べられそうだったのに、残念」
　兎はそう言うと、再び濃霧の中へと小さな足を動かして姿を消した。
　